自覚
「シキの部屋と、俺の部屋と、風呂場と、……」
俺が指折り数えていると、案の定シキの奴はきょとんとした顔で手元を覗き込んできた。
「何?」
「それ、運び終わってから、な」
少し頬を膨らませながら、シキが食べ終わったあとの皿をアーチの向こうの流し台へ運んでいく。何を慌ててンだか、いつになく派手に皿同士が当たる音が聞こえてきて、それからばたばたとシキが駆け込んできた。
「置いてきた。で?」
俺はちょっと椅子を引いて、シキの立つ左を見上げる。
「……何だと思う?」
「私の部屋と、レイの部屋と、風呂場と、それから?」
「それで終わり」
シキの眉間に深い皺が寄った。
「……だから、何?」
「わかんね?」
「わからないから聞いてるんだってば」
そう言ってシキは、食卓に左手をついて軽く寄りかかる。
よし、今だ。
俺はすばやく立ち上がって、シキの右肩を掴んで食卓の上に倒す。重心が偏っていたから、シキは簡単に天板の上に仰向けに倒れこんだ。
「ひゃあっ」
そこは、やはり可愛く「きゃあ」と言ってほしいんだがなあ。
「な、何するの……っ」
「そ。ナニするの」
「ちょ、ちょっと待って! どうしてこうなるのよ!」
「さっきの答え。シキの部屋と、俺の部屋と、風呂場と……、それで、今回『食堂』が加わる、と」
シキの顔が一気に赤くなった。おもしれー。
「なっ……! んんんっ!」
とりあえずは、キス。も少し上手になってもらわないと、いつか口でして貰う時にサミシイからな。
にゅる、と舌を入り込ませると、即座にシキのが絡みついてきた。あまりにも素直な反応に、少しムッとしてしまう。なんつーか、もう少し抵抗してくれてもイイんだけど。
「もうっ、やめてよっ!」
そのくせ、唇を離した途端に噛み付いてくるのは、よしてほしい。
「なんでだよ?」
「なんで……って、こんな朝っぱらから、何考えてるのよ!」
うるさいから、もう一度キス。くそ、やっぱり舌を絡ませてくるじゃん。
「したいくせに」
「したくなんてないっ」
「嘘つけ」
「嘘なんかじゃないっ」
馬鹿言うなよ。本気でお前が抵抗したら、俺に勝ち目なんてあるわけないだろ。なんだかんだ言って、こうやって大人しく組み伏せられてるってことは、充分ソノ気があるってこと。
でも、そんなことを言ったら、きっとすぐに全力で暴れだすだろうから、絶対言わない。
「ここが嫌なら、流しの前でもいいんだぜ?」
びくん、とシキが身体を震わせたのがわかった。よし、この次は調理台の前に立たせて、ヤるとしよう。
「そうだな、図書室もまだだよな。後は……道場と、玄関と……納屋とか、厩とか?」
耳元で囁くだけで、シキの頬がどんどん赤くなってくる。こいつ、本当にこういうのに弱いんだな。
「なんで、そんな、あちこちで……っ」
「なんでって言われると……。あ、そうだ『思い出作り』みたいな? 旅に出る前にさ」
適当な言い訳を思いついたので、口に出してみたら、シキの目が真ん丸になった。
「思い出作りぃ?」
「ほら、俺、忘れっぽいだろ? こうやって印象的な出来事と場所とを結び付けておけば、何十年たってもこの家のことを覚えて……」
思いっきり腕を突っ張られ、俺の頬が変形する。鉄拳じゃなかっただけ、良しとするか。
「ふざけないで」
「悪かった。真面目に言う。単に、色んなところでお前とヤりたいだけだ」
容赦のない上段突きを、間一髪払い落として、俺はそのままシキの両手を掴むと彼女の頭の上に抑え込んだ。
「どうして……」
潤んだ瞳が、俺を見上げてくる。誘ってる、としか思えない。
「だってさ、風呂場でのお前の反応見たら……試したくなるじゃねーか。色々と」
耳元に口を寄せれば、覿面にシキの身体が震えた。
「図書室で勉強の邪魔をされたら、どんな声出すんだろうなー、とか、玄関でしてる最中に誰かが呼び鈴鳴らしたらどうするんだろうなー、とか、もういっそ、誰が通りがかるかわからない納屋の陰で、とか……」
「やだ……」
「嘘つけ。風呂場であんなによがってたくせに」
そう、場所が変わるだけで、あんなに反応が良くなるとは……、いやまあ、確かに予想はしていたけれど。
「でも……外は、嫌……」
もう呼吸が荒くなってるし。俺、キスして囁いているだけだぞ? ったく、何を一人勝手に想像していやがんだ。
「なら、ここでいいだろ。いいよな」
一応了承を得たということで、俺は遠慮なくシキの首筋に吸いついた。きつく吸い上げ、しるしをつける。白い肌に浮き上がる桜色。俺のもの、という証だ。
服の上から胸を触ると、シキが覿面に悶え始めた。
食卓の上の水差しが、向こうの方でカタカタと揺れている。
飲みかけのカップ二つ、水差し、パンの籠、まだ片付けていなかった俺の皿。ごく普通の日常風景のど真ん中、食卓の上でシキが髪を乱して目を固く瞑って喘いでいる。
何か、こう、腹の底にズキズキと……クる。たまんねえ。
生唾を飲み込みながら、深呼吸しながら、俺はシキの服のボタンを外す。裾を捲り上げるだけじゃ、よく見えないからな。せっかくなんだから、触覚でも視覚でも楽しませてもらおう。あ、勿論、喘ぎ声があるから、聴覚も、だ。
そういや昔、カレンの奴とも色んな場所で色んなことしたけど、相手がシキだと全然違う。なんつーか……比べ物にならないほど、揺さぶられるって感じだ。
色っぽいのも、上手いのも、それはそれでケッコウだけど、俺はやっぱりシキ――を苛めるの――が良いな。
待て。
何か今、雑音が入らなかったか?
シキに愛撫を与えながら、もう一度胸の内で反芻する。
色気むんむんでアレも上手なカレンよりも、俺はシキ――を苛めるの――がイイ。
………………苛める?
ちょっと待て。俺、何かヤバくないか?
苛めるのはマズいだろう? 嫌がっているのを無理強いするのは趣味じゃない。俺はシキと愛し合いたいんだ。
「や……あ……」
「気持ちイイくせに」
「んっ…………」
「我慢せずに、声を出せよ」
ほら、こんな風に、愛し合い…………って、やっぱり、俺、シキを苛めてる!?
「正直になれっての。……見ろよ、こんなに濡れてる」
シキのズボンから引き抜いた指を、俺は彼女の目前に差し出した。
苛めてる、のか。
頭のどこかが、呆然と呟く。
「舐めろよ」
そうだ。苛めて、興奮している。
俺は、自分の快楽のために、シキを苛めているのか。
頭のどこかが、諦めきったように呟いた。
くそぅ、俺、なんて奴だ。
でも、そう思っているのは、俺のほんの一部分にしか過ぎなくて……。
ぺろり。
シキが俺の指を舐めた。
驚きのあまり、乖離していた二つの「俺」が一気に重なる。
柔らかい唇が、俺の指を咥えている。舌が、絡みついた粘液を舐め取っている。
シキが、薔薇色に頬を染めて、美味そうに俺の指をしゃぶっている…………。
あ…………、ダメだ。もう我慢出来ねえ。
相手をイかせてから、ってのが俺の主義なんだけど、そんな余裕、無い。全然無い。
俺は、シキのズボンと下着を手早く脱がせて、彼女の両膝を抱え込んだ。食卓の天板にシキを刺しとめるように、一息で貫く。
どこか嬉しそうなシキの声に、俺はもう気が遠くなりそうだった。
要するに、だ。
あいつも喜んでるんだから、万事オッケーってことだ。
俺はシキを苛めて盛り上がって、シキは俺に苛められて感じている、と。
なべてこの世は事も無し。
シキの呼吸が治まるのを待って、俺は彼女の手を引いて歩き出した。行き先は勿論、当初の予定通り、台所の調理台の前へ…………。
〈 了 〉