あわいを往く者

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頂き物 「交錯」

 
 
 
楢坂から小一時間程歩いて今時こんな所がとゆう程細い農道を抜ける。
世界が未だに夜の帳から抜け出せぬ早朝、小山の頂にある神社まで続く二百数十余の石段を前に裸足で長身を胴着に包んだ男が竹刀片手にストレッチをしていた。
「桜の杜」と地元の人間が呼ぶこの神社は今、その名に相応しく桜の古木に囲まれた社殿ばかりか山全てが桜色に見えた。
やがて男は息を整え、石の階段を駆け上がっていった。
石段を登り切り、汗まみれの身で鳥居に凭れ、高嶋珊慈は荒く息を継ぎながら唸った。
「ちっ、くそぉ、もう、少し、は、体力、あっ、た、よ、なあ、ハァ、ハァ…鈍って、る、よ、なぁ…」
受験中も体力維持はしていたが、本格的に走り込みをしたのは久し振りだ。
社の社殿前の丁手場で竹刀を置き、首に掛けた手拭いを外し水を掛け、顔を拭う。
少しは落ち着いたのか、珊慈は、未だ暗い空を見上げて呟いた。
「そう言や、花見もしてなかったよなぁ。ん~、ちょいと散策すっかぁ、息抜きも大事だし…なんか誰かに感化されすぎな気もするが気にしない!」
呟く内に脳裏に三つ編みの騒々しいのが過り、自分に言い訳するように声が大きくなったのに珊慈は気付かない。
“そう言えばあいつが振られたって未だアレに言ってなかったよな…まぁ言ったら大騒ぎだろうし…”
竹刀を掴み本殿に頭を下げ、未だ水銀灯の明かりが灯る社殿周りをのんびり歩く珊慈の周りを不意に風が巻いた。
「うぷっ!」
桜の花びらが歌の歌詞のように舞う。足りないのは長い髪の人だななどと思いつつ、ふと珊慈は人の気配に振り向いた。
さっきまで誰も居なかった筈だが、桜の古木の向こうに誰かが居た。動けずに珊慈は視線を送る。
やがてその誰かは周りを見回しながら木陰から出てくる。白い服に、茶の三つ編み、何かに驚いたように見上げる桜の古木は白い花びらを散らす。
両掌で花びらを受ける彼女がこちらを振り向いた瞳に走る驚愕、だが見返す珊慈も衝撃を受けていた。
髪の色も、瞳の色も、多分国籍も年齢も違うであろう彼女は、彼の親友に片思いしながら彼女の親友との恋愛を応援していた少女に瓜二つ。
珊慈は自分が彼女の名を呟いていた事に気付かなかった。
 
 
 
目覚めると雪が降っていた。
リーナはぼんやりと眺めていたが、頬に触れた雪が溶け出さない事に気付いた。
ゆっくり身を起こし、辺りを見回す。雪のようなそれは僅に紅の乗った花びらだった。見た事も無い鬱蒼とした木々はその姿に似合わぬ白い可憐な花に覆われている。
「綺麗…」呟いたリーナはふと此処が何処かと言う疑問に気付いた。癒し手の白い正装姿、自分がさっきまで何をしていたのか、何故1人でこんな処で眠っていたのか…
混乱しながら立ち上がる。辺りを見回すと建物がある。人気は無いものの人がいる証にホッとしたリーナはその建物が月光とは違う明かりに照されている事に気付き、緊張した。
何らかの魔術か…彼女の精神に植え付けられた魔術の知識が、その疑問を否定した。魔術の灯しは使い手がいなければならず、しかもその使い手は今はいない…
「…あーもう!悩んでも仕方ない!」建物に着けば何かは判る筈とリーナが歩きだしたその瞬間、風が巻いた。
白い花びらに視界が遮られ、顔を背けたリーナの目前に岩のような大木が現れた。その大木からハラハラと白い花びらが舞い落ちる。
思わずリーナは両掌で花びらを拾い受けていた。
 
“サンにも見せてあげたいな…もう半年は待たないと会えないのに…何で…逢いたいよ…サン”
ふと視線を感じ、振り返ったリーナの視線の先に、サンがいた。
「サン!」
あまりの驚愕に立ち竦むリーナの耳に掠れた声で「りな…」と言うサンの声が…
気がつくと、リーナは彼に泣きながら抱きついていた。汗臭い体なんかどうでもよかった。見慣れない服も、黒い髪もどうでもよかった。「サン!サン!!」泣きながら驚愕の表情のサンの唇を奪う。貪るようにキスをしてからふと気付いた
黒い…髪?…
「貴方…誰!?」サンのような男を突き放し、リーナは誰何する。もしや“渦の者”の…涙も拭わずリーナは彼を睨み付け…
呆然と立ち竦んでいた彼が、聞いた事の無い言葉で(どうやら宥めているようだったが)話し掛けるのを聴きながらゆっくりと意識を手放した。
 
 
 
珊慈は途方に暮れていた。異性の友人(と彼は思っていた)に良く似た(とゆうかそっくりな)女性がいきなり自分の名を呼び、抱きついてキスをしてきてなにがなんだか解らぬうちに突き飛ばされ…
気がつくと、良く見知った顔が涙に濡れ、こちらを睨み付けながら聞いた事のない言葉で何やら喚きまくっていて。
何が何やら判らぬまま、珊慈は彼女を宥めようと話し掛けると、いきなり目の前で彼女は卒倒した。
慌てて駆け寄り、息を確かめると彼女を抱えあげ、珊慈は本殿に走り出した。
 
 
 
リーナは、額を濡れた布が覆っている事に気付いた。慌てて跳ね起きた拍子に、心配そうに覗きこんでいた珊慈の顔面に頭突きを喰らわせていた。
顔面を抑え鼻血を垂らしウンウン唸る珊慈を見たリーナは、逃げ出そうと腰をあげて…床に落ちた手拭いを見た。額に乗っていたあの布は…『あ…これ…ひょっとして…』恐る恐る振り返ったリーナの目に鼻を押さえて涙目になった男が…若い頃のリーナの彼にそっくりな男がいて…
『ご…ごめんなさい…』
とりあえずリーナは謝った。
なんとか落ち着いた2人は身振り手振りで会話を試みた。が、2人ともお互いの知っている言語が全く無いことに気付き、珊慈は受験勉強の無意味さを呪い、リーナは自分の不勉強に絶望し…それでもお互いの名を『サンズィ』「りぃな」と知る事は出来た。
 
 
珊慈とリーナは、社殿の周りを歩いていた。日はすっかり昇り、朝日に桜が輝くように咲き誇る。
リーナは指で桜を指しながら首を捻る、珊慈はゆっくりと花を指差して「さ・く・ら」と話す。リーナも首を傾けたまま『サ・ク・ラ』と呟いた。
珊慈は彼女に、不思議な思いを抱いていた。あの時、鼻を押さえていた手を退けさせ、何事か呟きながら彼女が手を触れると不意に鼻血が止まった。まるで手品のように。
社を廻ると裏手に枯れそうな一本の桜の樹がある。市の記念物に指定されている古木だか、寿命が近いのか、今年は二枝程の桜の花だけしか咲いていない。
リーナがふとその幹に触り、再び何か呟く。その瞬間・再び風が巻き、2人の姿を花びらが覆い隠す。
珊慈が目を開くと既にリーナの姿は無く…
見上げた桜の古木は魔法でもかかったのか、満開の花に覆われていて。
珊慈は只息を飲んでその樹を見上げていた。
それから暫く、珊慈は旧知の友人の三つ編みを見る度々に妙に狼狽える日々が続いたらしい。
 
 
 
『…ナ…リー…』
(…ぅるっさぁいなあ…誰よもー…眠いのゅぉぅ…)
『リーナ!』
(あー、なんだサンかぁ…お願いあと一寸だけぇ…ん!?サン!?!!)
『サン!』
カバッと言う擬音が似合うような跳ね起きはリーナの額とサンの鼻を見事に衝突させた。
『『ふぎゃ!!』』
おでこを押さえるリーナと鼻を押さえるサンの耳に数人のクスクス笑う声が入ってきた。
『う、痛そう。サンったら大丈夫?』『だから目覚める前にキスをしてやればっていったのに』『レイ!』『おや、王子様の一言で目覚めるとは、わざわざ立ち寄った甲斐があったねぇサン』
『ふぇんふぇえ・ふぁなひがひがふひゃ無いレフかぁ』
『まさかロイ殿の書庫で倒れておるとは知らなんでな、この娘の弟が調べ物をしに行って帰って来ないと言うので見に行くと』
『私が久々にこの屋敷に帰って来たので、調べたい物があるからと頼まれたんだ。ちょうど出掛ける処だったので留守番を頼む代わりに書庫に入れてあげたのだが。』
『先生、それよりサンの鼻血』『フが』
聞き慣れた皆の声がする。
『あ、あたしの心配は誰もしないのね…』
額を押さえリーナがぼやくと、鼻血をシキに止めてもらったサンが呆れたように『お前なぁ』
『あー!サン!そーいえば何で此処にいるの!次帰ってくるのは秋だって言ってなかったぁ?まさか仕事首になったんじゃないでしょうね!てゆうかレイ!シキ!なんであんたらまで?!一体何事!』
『おーい』
『あのね、リーナ。私逹は調査した遺跡の資料を先生に渡すために此処に立ち寄ったの』
『俺は先生に首都からの連絡役をお願いされて』
『それでここに着いたら、あなたが先生の書庫で倒れてたって騒ぎで』
『サン、こっちに着いた途端に治癒院に走り込んで「リーナは!?」だし』
『そういえばリーナ、貴女が先生の書庫で見付かってもう3日たってるのよ、一体何があったの?』
『ええと、たしか治癒院の書庫のナザル文字の書物があって、先生なら辞書もってるかなって。それで梯子掛けて上の棚を探してて…』
『『『落っこちた・と』』』
『…多分』
そのタイミングで、リーナのお腹の虫が鳴った。真っ赤な顔で俯くリーナを見てシキは爆笑する面々を部屋の外へ追い出しながら『何か貰って来るわね』とウインクをして出ていった。
1人部屋に残ったリーナは、記憶を辿っていた。確か辞書は無事下に下ろして、机で調べ始めた筈…ナザル字の書物に見慣れぬ栞があって、硝子のようなそれに花が封じられていて…
そこまで考えた時、ドアがノックされた。
『リーナ、スープ貰って来たぞ』
『サン…』
『すっげぇ心配した…』
2人は見詰め合い、吸い寄せられるように唇を重ねた。リーナの髪には一枚の花びらが付いていたが、まあそれは蛇足とゆうものだろう。
 
 
 
<了>