煙草
「私にも一本くれないか」
深夜の街角、完全に闇に没した路地の入口。不意に背後から肩を叩かれたガーランは、動揺を悟られないようわざとゆっくりと振り返った。
月明かりを背に、ルドス警備隊隊長エセル・サベイジが、不機嫌そうな表情でそこに立っていた。
「張り込み中に煙草だと?……って、言わないんすね」
エセルの口調を真似てみせたガーランに、当の本人は至極つまらなさそうに眉間に皺を寄せる。
「わざと見張りの存在を知らしめようとしているのだろう? 確かにお前の班には、北側から注意を逸らせよ、と命じたが、こんな露骨に、しかも独りきりで矢面に立つことはなかろう」
「残りの連中は、しっかり奥の|辻子《ずし》で待機してますよ」
事も無げに答えてから、ガーランは煙草を咥え直した。そっと目を細め、ゆっくりと息を先端へ吹き込こんでいく。みるみる輝きを増す紅い光点に、懐から取り出した煙草の先を慎重に当て、火を分ける。
「そんなことより、隊長のほうこそ、一人でふらふら迷子っすか」
返事代わりに鼻を鳴らして、エセルが渡された煙草を咥えた。か細く立ち上る紫煙が、暗闇を幽かに揺らす。
「随分いい葉を使っているな」
「そりゃあ、もう。煙草代を稼ぐために働いているんでね。俺は」
あと酒代もね、とつけ加えるガーランに、エセルが口の端を上げる。
「お前は、本当に、素直じゃないな」
「俺はいつだって純真で素直な好青年っすよ」
にやり、とガーランが笑い返したその時、路地の少し奥のほうで、何か――恐らく扉――が軋む音がした。どうやら、我慢比べの軍配は、ガーラン達警備隊のほうに上がったようだ。
エセルが、不敵な笑みを浮かべて腰の剣に手をやる。
「さて、では、一仕事といこうか。お前の煙草代と酒代のために」
「何バカなこと言ってるんすか」
ここぞとばかりに真面目な顔を作って、ガーランは剣を構えた。
「行きますよ、隊長。愛する女とこの街のために」
意表を突かれ目をむくエセルに片目をつむってみせて、ガーランは石畳を蹴った。それを合図に、路地の更に奥から、同僚達が援護に飛び出してくる。
「まったく。何が純真で素直な好青年だ」
やれやれ、と盛大な溜め息を残して、エセルの姿もまた混戦の中へと消えていった。
〈 了 〉