The one who treads through the void

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DUSK IN BLACK 第十四話 滴り落ちる闇

  
  
  
    五  崩壊
  
  
 男は、黒い長外套の裾をひるがえしながら、ゆっくりと斜面をくだり始める。
 一分いちぶの隙もない気迫――いや、殺気、か――を身に纏いながら、彼は軽く右手を上げた。外套の前が大きく開き、その下に着込まれたえんじのジャケットが皆の目を射る。
 それを合図に、岩や潅木の陰という陰から幾つもの人影が一斉に立ち上がった。突然の出来事に、為すすべもなく立ちすくむシキ達の周りを、彼らはぐるりと取り囲む。
「マクダレン帝国に楯突く愚か者どもよ。だが、この状況が解らぬほどの馬鹿ではあるまい」
 ルドス警備隊隊長は、口元に凄惨な笑みを浮かべながら、そう言い放った。
  
  
「随分手際の良いことだな」
 動揺を微塵も感じさせないウルスの声に、一瞬だけエセルの目が細められる。三丈ほどの距離を空けて、彼らは対峙した。
「侮ってもらっては困るな。我々を誰だと思っている。素人が何人集まったところで、我が精鋭の裏をかくことなど不可能だ」
 その口調が穏やかであるが故に、それが与える恐怖感は否応にも大きくなる。自分のすぐ隣に立つリーナが、がくがくと身体を震わせ始めたのを見て、シキはそっと彼女の手を握った。大丈夫、と根拠のない励ましを込めて。
「陛下が帝都に帰ってしまったってのに、隊長が真面目に仕事をするわけがないだろう?」
 唐突に、彼らしからぬ口調でそう言ってから、エセルは暗い笑みを浮かべて再び一同を見下ろした。「不本意な噂だったが、効果があったのだから、良しとするか」
 それを聞いたダラスの顔が、一気に紅潮する。
「まさか、俺を釈放したのも……」
「当たり前だ。最上級の咎人を赦免する謂れがどこにある。どの道、あの様子を見る限り、お前は絶対に仲間について口を割らないだろうしな」
「貴様、嵌めやがったな!」
 瞬間的に逆上したダラスが、一団から飛び出した。拳を握り締め、エセルの立つ上方に向かって坂を駆けのぼる。
 一歩、二歩。だが、三歩目は無かった。大きく横に突き飛ばされたダラスは、おのれの身に何が起こったのか理解できないまま反射的に受け身をとると、慌てて体勢を整えて……絶句した。
 自分がいたはずの場所に、うずくまるウルスの姿。
「ラグナ様!」
「少し目測が甘かったか」
 ウルスは、脂汗を額に浮かべながら、自嘲する。彼の左大腿部側面には、深々と一本の矢が突き刺さっていた。
「まさか、私を庇って……! なんと馬鹿なことを!」
 ダラスの絶叫には答えずに、ウルスは突き立った矢を左手で握り締めた。大きく肩で息をしながら、一息に矢を引き抜く。
 悲鳴一つ上げず、ただ微かな唸り声のみを漏らした鉄錆色の髪の男を見て、エセルは小さく感嘆の声を上げた。
「伊達に、陛下に叛旗をひるがえしているわけではない、ということか」
「飼い犬の分際で、大きな口を叩くな。俺を誰だと思っている」
 挑発的なウルスの台詞を受けて、エセルの口角が、ぐい、と吊り上がった。
  
  
 荒野の狼を気取っているのかは知らんが、犬に劣っているようでは、自慢にもならない。傷の痛みに顔をしかめながらも一向に視線を外そうとしない反乱団の頭目を、エセルは冷ややかな目つきで睨み返した。
 あるじに庇われた男が、滑稽なほど狼狽してそのもとに駆け寄り、懐から取り出した手巾しゅきんを裂いて止血を施そうとしている。
『可能ならば、生きたまま捕らえよ。帝都にて私が直々に引導を引き渡したい』
 半月前のサルカナでの謁見のあと、一人御前に呼ばれたエセルは、アスラから直接その勅命を賜った。
 町一番の宿屋の一等客室。人払いがなされているのか、室内にはアスラ以外の人影は無い。かしこまって跪くエセルの至近に寄って、アスラは囁くように、そう命をくだしたのだ。
 奴らがこのままおとなしく処刑を受け入れるとは思えなかった。持ち帰るのは、その首級しるしだけでも充分なのではないだろうか。皇帝陛下もこう言っていたではないか、「可能ならば」と。その言葉は、陛下自身が命令遂行の困難さを充二分に認識しておられる、ということに他ならない。
 ――いや、だからこそ、だ。
 だからこそ奴らを、生かしたまま帝都まで牽きたてていかねばなるまい。あの、ロイ・タヴァーネスすら人払いしての、皇帝陛下との一対一の謁見。アスラ陛下は期待しているのだ。他でもない、このエセル・サベイジに。
 ――ならば、奴らには自分の足で下山してもらうのが一番効率が良い。応急手当ぐらいはさせてやろう。
 エセルは、弦を引き絞る部下達に合図を送った。ウルスに向けられていた弓が、一部を除いて一斉に反乱団の残りへとその向きを変える。
「さて。ライアン前宮廷魔術師長殿」
 ウルス達の少し後方、一塊に立ち尽くす者達の中から、名を呼ばれた初老の男が一歩を踏み出した。
「貴方ほどの腕前ならば、説明せずともお解りかと思うが……、これらの矢尻は、貴方の弟子、現魔術師長様の手によって魔力が付与されている。余計な真似をすれば、直ちに幾本もの矢がお前達の体に突き刺さることになるだろう」
 ザラシュ・ライアンは、軽く肩をすくめると、懐から両手を出して顔の横に掲げる。
「他の者どもも、武器を離して、両手を挙げてもらおうか」
 観念したのか、彼らは躊躇いながらもエセルの言葉に素直に従った。
 油断はできないが、これで仕事は粗方終わったと言えるだろう。エセルは、満足そうに鼻を鳴らしてから、確保した面々を一人ずつ確認していく。
「亡国の王子、脱走近衛兵、あと、もう一人のお尋ね者は……」
 自分のことを言われているのだと察したのか、長髪の男が一歩前へ出る。
「ふん、本当に一網打尽だな。残りは……」
 ルーファスが真っ青な顔で硬直していることに気がついて、エセルの瞳が微かに緩む。同じ爵位の家系という間柄、彼の忠臣ぶりと人の良さは、エセルも充分に聞き及んでいた。
 どう丸め込まれたのかは知らないが、できる限りの配慮はしてやろう。一昨日、カナン家の別荘で対峙した時の、邪心のないルーファスの瞳を思い出しながら、エセルは静かに言葉を継いだ。
「……ルーファス・カナン、ユール・サラナン、二人ともあとでゆっくり話を聞かせてもらうぞ。それから、例の攫われた癒やし手の女と……」
 そこで突然、エセルの動きが、声が、止まった。
 大きく一歩を踏み出して人垣の間から姿を現したその人物は、迷いのない瞳に強い意志を込めて、エセルを真っ直ぐ見返してくる。
 包囲網のそこかしこから、ざわめきと動揺が沸き起こった。
 エセルは、驚きのあまり失いかけたおのれを必死で手繰り寄せて、辛うじて一言を絞り出した。
「シキ……どうして君がここにいる」
 まるで少年のように彼女の髪は短くなっていたが、その凛とした眼差しは以前と何も変わらず、いや、以前よりも格段に力強く、エセルを射る。
「隊長、我々は、何も知らなさ過ぎたんです」
「何のことだ」
「鬼が……帝都の中心に巣食っています」
「鬼だと?」
「我々を見逃してくれ、とまでは言いません。ですが、話を聞いていただきたいのです」
 かつての同僚が紡ぎ出す言葉に、隊員達はすっかり浮き足立ってしまっていた。
 ――まずい。
 視線を巡らせば、あのガーランでさえ驚きの表情を隠せずに、あろうことか剣を構えることも忘れた様子で立ち尽くしている。
 ――非常に、まずい。
 シキの言葉の真偽よりも、シキが反乱団とともにいる、という事実そのものがまずいのだ。このままでは、奴らに反撃の機会を与えてしまう……。
 この予想外の事態をどう打開すべきか、必死で思案するエセルの目の端が、微かに動くものを捉えた。
 ザラシュが、掲げていたはずの両手をひらめかせて、何かの印を結ぼうとしていた。
  
  
  
「唯一の懸念は、あの男だ。さきの宮廷魔術師長、ザラシュ・ライアン」
 アスラのその言葉に、エセルは思わず顔を上げていた。慌てて再び床にぬかづき、非礼を詫びる。
「驚いたか。これは宮廷でもほんの一握りの者しか知らぬ秘密だからな。仮にも宮城の魔術師長まで勤め上げた男が、反乱団に組しているなどと、どうして公にできようか」
 不謹慎なことではあるが、その事実はエセルにある種の安堵感をもたらした。先刻味わわされたあの屈辱、相手がかつて宮廷魔術師長の地位に就いたほどの実力の持ち主というのならば、多少諦めもつくというものだろう。
「この十五年の放浪の間に、あ奴は忌まわしい術――黒の導師の術――を身につけてしまったようだ。反乱団を捕らえるにあたって、最大の障害となるだろう」
 そう言って、アスラはエセルの耳元に口を寄せた。「だが、私は、君達をむざむざと殺させはしない」
 アスラの細くてしなやかな指が、エセルの眼前に差し出される。その手には、赤い石が嵌め込まれた指輪が一つ、載せられていた。
「お守りだ。これであ奴の動きを封じることができよう」
 鮮血がそのまま結晶と化したようなその石を、エセルは魅入られたようにじっと見つめ続けた。
  
  
  
 その兆候は、非常に微かだった。
 どこか遠くで何かが軋んでいる。小さく空気を震わせている。
  
 折しも、シキが姿を現したことによって、その場の空気は乱れに乱れていた。動揺を隠せない警備隊と、打開策を求めることに腐心する反乱団と。だから、その異変に気がついたのは、ザラシュただ一人だけであった。彼は、立場も忘れて咄嗟に両手をひらめかせた。
「詠唱をやめろ!」
 突如沸き起こった昏い闇の気配に、ザラシュは一瞬だけその手を止めた。
 先刻までの威風堂々とした態度をかなぐり捨てて、警備隊隊長が叫んでいる。こちらに突き出されたその右の拳に、小さく光る赤い光。それがまるで紅蓮の炎のごとく自分の眼底に焼きつけられるのを感じて、ザラシュは口元を歪ませた。
 忌まわしき、死の気配。それを纏った術を、人々は「暗黒魔術」と呼んでいる。
 古代ルドス魔術は神を迂回する「禁じ手」の術だ。だが、それでも、の者の残滓は、隠しきれなかったというわけなのだろう。
 しかし、事態は一刻の猶予もない。ザラシュは詠唱を続けた。
「やめろと言っている!」
 おぞましい力の奔流が、エセルの手から解き放たれた。
 それは紅いあぎとを大きく開いて、ザラシュの喉元に喰らいついた。
  
  
 一体何が起こっているのか、誰にも解らなかった。エセルでさえ、自分が何をしたのか、正しく理解してはいなかった。
 ザラシュの身体が、ぐらり、とかしぎ、そのまま静かに地に倒れ伏す。
 巨大な魔術の盾が皆の頭上に薄っすらと現れ、……それは完全に具現化することなく、そのまま大気中に霧散する。
 ほぼ同時に、何か硬いものが砕ける嫌な音が、彼らの頭上で鳴り響いた。
  
  
 天井から剥がれ落ちた岩石が、轟音とともに谷の斜面に突き刺さる。
 舞い上がる土埃。一気に悪くなった視界のそこかしこに、上空から降り注ぐ礫や砂。
 そして、また巨石が墜落する。さっきよりも自分達に近い場所に。
 ひっきりなしに響き渡る、岩塊が軋む音。低い地鳴り。落下してくる土塊は、どんどんその量を増し続ける。
 十五年の間にすっかり風化し、木々の根に砕かれた天井が、今、まさに終焉の時を迎えているのだ。
「崩れるぞ!」
 誰かの叫び声を皮切りに、皆は必死で斜面を駆け上がった。警備隊もない、反乱団もない、全員が入り混じった状態で、ただ生き延びるためだけに、落石を避けながら、走る、走る。
  
「ラグナ様!」
 人波に呑まれ、主を見失ったダラスが、悲痛な声を上げる。
「返事をしてください! ラグナ様! どこですか!」
 降り注ぐ岩石と砂塵に視界を阻まれて、ウルスの姿はもはやどこにもない。
「ラグナ様!」
「行くぞ」
 ダラスは、自分の肩を掴んだ兄の手を振り払った。
「いやだ! 俺はラグナ様を!」
「お前は皆にこのことを伝えなければならない」
「そんなこと、兄貴がすれば良いだろう!」
 ユエトはその一瞬、どこか寂しそうな笑みを浮かべた。
「俺も、ユールも、所詮は傍観者にしかなりえない。それに……お前では足手纏いだ」
 ふ、と逸らされた視線の先、ルーファスに羽交い締めにされて絶叫しているリーナを見て、ダラスの眉が曇る。
「『彼ら』に任せておけ。行くぞ」
 きつく、きつく唇を噛んで、ダラスは斜面を登り始めた。
  
  
「サンっ! サンっ! サーーンっ!」
 髪を振り乱し、半狂乱になって、リーナは叫び続けた。足掻く彼女を必死で押さえ込みながら、ルーファスが耳元で叫ぶ。
「駄目です! 逃げなければ!」
「だって! サンが! サンが……!」
 ついさっきまで、リーナの傍らには彼がいた。天井の崩壊を見て取るや否や、誰よりも早くリーナの手を握って坂の上へと先導してくれていたのだ。
 それが……、それが……。
 リーナの両目から、涙が溢れ出してきた。
『ラグナ様! どこですか!』
 背後で聞こえた、ダラスの絶叫を耳にして、サンは動きを止めた。リーナが何か言うよりも早く、サンは彼女の手をそっと離す。
 ――一体、何を。
 それは訊くまでもないことだろう。何より、胸に押し寄せる絶望がリーナから言葉を奪い取っていた。
 サンが、幽かに笑う。
 次の瞬間、土煙を抜けてきたルーファスの許へ、リーナは押し出された。
  
 慌てて振り返った時には、もうサンの姿は無く。
 ただ一言、耳に残る、轟音に半ばかき消された、か細い声。
  
 ――――さよなら。
  
「彼なら、きっと大丈夫です! ですから、早く!」
「でも、……でもっ!」
 なおも暴れ続けるリーナを、ルーファスは力ずくで振り向かせた。
「いいですか、リーナさん。彼は、彼の道を選んだのです」
 一瞬だけ固く瞼を閉じ、それから決意を込めた瞳でリーナを見つめる。「……そう、貴女は、選ばれなかった」
 リーナの碧い目が見開かれる。
 がくりと膝をつく彼女を、ルーファスはすかさず抱きかかえた。そのまま、引きずるようにして出口を目指す。悲愴な面持ちのままに。
  
  
 舞い立つ砂塵に、上空から差し込む陽の光がその太さを増していく。
 岩に閉じ込められ、人々から忘れ去られた神殿が、再び陽光の下にその姿を現し……そしてまた消えていく。瓦礫の中へと。
「君はこれも『必然』だと言うのかい?」
 外へ繋がる竪穴の登り口、庇のように迫り出した岩盤に守られた場所。普段とは打って変わった落ち着いた声で、ユールが傍らのユエトに問う。問われたユエトは表情一つ変えずに、静かな声で逆に問い返した。
「ならば、お前はこれでも『偶然』だと言うのか?」
 落下していく岩巌を呑み込み続ける砂煙の海。視線を転じれば、ひらけ始めた天井から、気が遠くなるほどに青い空が眼底を射る。
「そうだね」
 肯定とも否定ともつかないユールの呟きはあまりにも小さく、それを耳にした者は誰もいなかった。
  
  
  
 なだらかな谷の中央部が、大きく崩れて陥没してしまっている。
 かつて名も無い癒やし手が命を賭して造り出した秘密の空間は、跡形もなく消えてしまっていた。残っているものと言えば、谷の斜面に帯状に付着する天井の縁と、堆積する岩石にほとんど埋もれてしまった鉛直の壁。それらさえ、ここに何があったのかを知る人間でなければ、見過ごしてしまうに違いない、僅かな証だ。
 ある者は座り込み、ある者は立ち尽くし、憔悴しきった表情でまだ断続的に続く地響きを聞いていた。敵も味方もなく、ただ呆然と。
  
「魔力探知、反応ありません」
 警備隊のマリが、浅黒い顔を更に暗く沈ませて、報告する。もう一人の魔術師であるノーラもまた、足元から視線を上げないままに、静かに口を開く。
「……生命力探知も、反応ありませんでした」
「嘘……」
 リーナが口元を両手で覆って、そのまま絶句する。
「……術が充分に届いていないという可能性はないのですか?」
 怪我人に治療を施し終わったインシャが悲痛な声で問うも、二人の魔術師は黙って顔を見合わせるだけだった。
「でも、もしも生きているとしても、これじゃとても助け出せないよ?」
 冷静なユールの声に、数人が抗議の声を上げようとして……それから力無くうなだれた。
 そのとおりなのだ。
 白茶色の斜面に残る、赤銅色の帯。その厚さは、薄いところでも半丈はある。それら全ての質量が、谷底に均しく降り注いだのだ。たとえ岩々の下に生者が埋もれていようとも、これらを撤去して救出するのは不可能だろう。
 それに……、あの石造りの神殿すら、今や単なる瓦礫の山でしかない。当然、人間など、ひとたまりもないだろう。
「サラナン先生……」
 ガーランの問いかけの意図を察して、ユールは静かに指を折った。
「カラントの王子、前魔術師長、元近衛兵、そして黒髪の巫子二人」
 淡々と紡ぎ出されるその言葉に、場の空気はどんどん蒼ざめていく。
 仮に、被害に遭ったのがお尋ね者だけであったとしても、その凄惨な災禍は警備隊の面々の上に暗い影を落としたことだろう。ましてやその中に、かつての同僚、シキが含まれるとあっては……。
「……隊長、聞いたとおりだ。全員で怪我人五名。行方不明者、五名」
 どのような感情を押し殺しているのだろうか、ガーランは無表情のまま、傍らに座り込むエセルにそう報告する。
 だが、返答はなかった。いや、返答どころか、何の反応もエセルからは返ってこない。
「…………隊長?」
 訝しげに身を屈め、ガーランは上司の顔を覗き込んだ。
 彼は、真っ青な顔で、ただ虚空を見つめ続けていた。
  
 指輪をはめた指に、全ての力が吸い取られていく感触。
 それより何より、その指先から迸った、おぞましい気配。
 それは、敵の肉体に刃を突き立て、そして引き抜いた時に感じるのと同じ、忌まわしい「死」の気配だった。
  
「私は、一体、何を……」
「隊長…………」
 ガーランの再度の呼びかけも耳に入らない様子で、エセルは呆然と呟いた。
「陛下は、一体、何を…………」