長椅子に腰かけた朗の膝の上、朗と向かい合う体勢で志紀は座らされていた。何度目か知れぬ口づけが、今また交わされる。
志紀の中で、深く差し入れられた朗の舌が艶めかしく蠢いている。恍惚の表情にも似た気色 を浮かべて、志紀はそれを受け入れ続けていた。
予告もなく、す、と引いていく舌先を追って、半開きになった志紀の唇から紅色が姿を覗かせる。それを見て、朗はますます嬉しそうに目を細めると、再び彼女と唇を重ねるのだった。
何度も、何度も。
志紀の理性が、完全に溶けて流れゆくまで。
久方ぶりの逢瀬に、志紀の心はすっかり熱暴走を起こしてしまっていた。朗の首に両腕をまわし、貪欲に舌を絡め、求められるがままにキスを貪り続ける。
いつの間に、私、こんなにいやらしい女になってしまったんだろう。
瞼を閉じれば、先刻焼きつけられてしまったあの光景が、まざまざと脳裏に浮かび上がってくる。スラックスの布地を押し出すようにして存在を喧伝する、あのふくらみが。これまでに何度も目にした、そして何度も貫かれた、先生の……。
キスよりも深い交わりを期待して止まないおのれの欲望を恥じながらも、志紀はどうすることもできずにいた。ただただ、身を焦がすような疼きをやり過ごそうと、朗の膝の上で身体をうねらせるばかり。
ブラウスのボタンに朗の手が伸ばされた瞬間、志紀の内部を歓喜が満たした。朗にそれを気取られたくなくて、つい「やだ」と声が漏れる。
「到底、嫌そうには見えないがね」
朗の囁きが、志紀の体温を更に上昇させた。見透かされている、との思いに苛まれて、志紀の呼吸が荒くなる。
どうしよう。
自分で、自分が、コントロールできない。
「まあ、いいだろう。嫌だと言うのなら、自分で脱ぐかい?」
朗の手が、志紀から離れていく。それと入れ替わるようにして、志紀の手がブラウスのボタンにかかる。
どうして?
身体が、勝手に、動いていく。
「そうだ。自分で脱いで……、そして、自分で慰めてみるかい?」
ああ、そうか。
傀儡回し、だ。
先生の声が、私の両手に糸のように絡まっている。
観念したかのように、志紀は両目を閉じた。そして、ゆっくりと、残りのボタンを外し始めた。
「やっぱり……、無理……」
真っ赤な顔の志紀が、必死に声を絞り出した。その様子を至極満足そうに見つめながら、朗は幾重にも言葉を重ねていく。巣にかかった獲物に糸をかける蜘蛛のように。
「自分で触るんだろう?」
「でも、そんな……」
朗の低い声がさざなみのように、志紀の胸元を震わせる。全開となったブラウスの内側、薄手で細身のインナーは、体形は勿論のことブラの模様すら隠せてはいないだろう。自分ではだけさせたものの、志紀は恥ずかしさから、固く瞼を塞ぎ続けた。
微かな溜め息が聞こえたかと思えば、朗の膝が勢い良く開かれた。乱れた制服のスカートの中に朗の右手が潜り込んでくる。布越しに秘部を撫でて、一言。
「まだどこも触ってなどいないのに、どうしてこんなに濡れているのかな?」
「そんな……」
朗の指が、スパッツの裾から強引に下着の中へと入り込んだ。窮屈そうにしながらも、ぬかるんだ箇所を目指して生き物のごとく這い進む。
「ん……っ」
合わせ目をこじ開けるようにして、指先が内部を犯していく。びくん、と志紀の身体が震えた。
だが、ひと関節分だけ侵入を果たしたのち、朗の指はそれ以上奥へ進むことをやめてしまった。あろうことか、その動きさえもが止まってしまう。もどかしさと切なさに、志紀の唇から吐息が漏れた。
「どうした? 志紀」
「……う、ううん……っ」
「欲しくて堪 らないという顔だな」
刃のような声が、容赦なく彼女に投げかけられる。かと思えば、今度はとろけるほどに甘い声音が、志紀の耳元に注がれた。
「……心配しなくていい。すぐに気持ち良くさせてあげよう」
どくん、と志紀の鼓動が跳ね上がった。
「ただ、君を支えるために、私は片手しか使えない」
志紀の身体の内部で、熱風が逆巻いている。
「……だから、君は自分で自分の胸を触るんだ」
震える志紀の両手が、そっと自身の胸に伸ばされた。
同時に、朗の指が奥の奥まで突き入れられた。
「あ……、っ!」
内部をかきまわすような指の動きに、志紀の身体が反り返る。
「手のひらで、頂を撫でてごらん」
まるで何かの術をかけられたかのごとく、志紀は朗の言葉に従った。自分の胸を、すくい上げるようにして撫でまわす。
更なる蜜が花園から溢れ出した。それを、朗の別の指が敏感な突起に刷り込んでいく。
激しく悶える志紀の身体を、朗はなおも責め立てる。指で、言葉で。
「服の上からだと、物足りないだろう?」
志紀の縋るような視線を受けて、朗がにっこりと微笑んだ。
「直接触ってごらん」
本当の傀儡と化したかのように、志紀の手がゆっくりとインナーをたくし上げ始めた。胸元まであらわにさせて、今度はブラの上から胸を揉みしだく。
「凄いな。あっという間に洪水だよ」
朗の責め句も耳に届かない様子で、志紀は夢中で身をよじり続けた。どんどん高まっていく官能に、息を荒くして呑み込まれていく……。
一ヶ月ぶりに味わう、絶頂感。
あまりにも鮮烈な快感に、志紀の意識はその大部分を那辺へと飛ばされていってしまった。残る一部分も完全にオーバーヒート状態なれば、もはや志紀には、力無く朗の身体に寄りかかるしか術 はない。
「次は私の番だな」
朦朧とする意識の中、喜色溢れる朗の声だけが、志紀の全てを支配していた。
* * *
「二次が終わるまでは会わないほうが、って、それって良く考えたら、どちらかといえば私じゃなくて先生のほうに問題があるからなんですよね……?」
信号待ちで停車した朗の車の助手席で、眉間に深く皺を刻んだ志紀がポツリと呟いた。時刻は夜の七時をまわり、閑静な住宅街はすっかり闇に沈んでしまっている。
結局あのあと、半分意識を失った状態にもかかわらず、志紀はこれまで会えなかった分まとめて朗に可愛がられる羽目になったのだった。記憶に微かに残るのは、長椅子の背にしがみつく自分の手。背後から襲いかかる鮮烈な快感。何度も何度も最奥を突かれ、幾度となく途切れた意識の果て、志紀がようやく我に返った時には既に朗は普段どおりの姿に戻っていた。
「遅くなってしまったな」と慌ただしく辺りを片付ける朗の手元、空になった避妊具の袋を二つほど見たような気がする。それを用意していたということは、……そういうつもりだった、ということなのだろう。まさか、自分以外の女 に使う予定だったというわけではない、と信じたい。
「……まあ、主体と客体は、えてして不可分なことが多いわけだが……」
「誤魔化さないでください」
「む……」
信号が青に変わった。
運転に集中するふりをして会話を打ち切ろうと試みた朗だったが、次第に険悪になる雰囲気に危機感を抱いたのか、観念したように言葉を吐き出し始めた。
「……すまなかった。ただ、まあ、開き直るわけではないが、私も一人前の健康な男なんでね。……察してくれたら助かる」
「そういうものなのかなあ」
「そういうものだ」
今一つ釈然としない表情で、志紀は大きく嘆息した。
「でも、先生の場合は少し極端が過ぎるような」
「そうかな」
「そうですよ。コンピュータじゃないんだから、ゼロかイチかじゃなくってですね、少数とか分数とか、いっそ二とか三とか……」
そこで、志紀の声が大きくなる。
「そうだ! それに、会わないからって準備室に引き籠もっているのはいいですけど、聞き耳立ててるのはちょっと怪し過ぎじゃないですか?」
「聞き耳!?」
「そうですよ。『傀儡回し』って、嶺の話を聞いていたんでしょ?」
先刻の情事を思い出したのか少し頬を赤らめて、それでも志紀はツッコミを入れた。どうやら、相当心にひっかかっていたらしい。
「……君ねえ、」
朗が、心底呆れたような声を搾り出した。「あの時、丁度廊下を通りがかったのだよ。そもそも、閉めきった準備室の防音効果は、君が一番良く知っているはずだが」
そう意味ありげに笑いかけられて、志紀の顔は更に真っ赤になった。
「チョコ、ありがとう」
別れ際、車から降りた志紀に、さも今思い出したかのような口調で朗が礼を言った。
道行く車のライトに照らされた志紀の表情が、一瞬にして明るくなる。
「お返し期待してますから」
笑ってそう返してから、志紀は昼間の理奈の様子を思い出した。そうか、あれって照れ隠しの台詞だったんだ、と意外と繊細な親友の胸のうちを思いはかる。
「送ってくださってありがとうございました。気をつけて帰ってくださいね」
そう言って志紀が車の扉を閉めようとした時、朗が助手席のほうに身を乗り出してきた。少しだけ照れくさそうに視線を外しながら、
「……帰り着いたら、メールする」
「え?」
「心配要らない。メールでは君を操れないだろうからな」
そうして、にやり、と挑戦的な笑みを浮かべて志紀を見やる。
真っ赤な顔でお辞儀をしてから、少しふくれっ面で走り去っていく志紀を、朗は見えなくなるまで見送り続けた。
〈 了 〉