あわいを往く者

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九十九の黎明 年越し風景

  
  
  
   本編ラストシーンの少し手前のお話
  
  
 暮れも押し迫り大わらわなロゲンの商店街、奮発して鶏を丸ごと買い込んだモウルに、オーリがもの言いたげな眼差しを寄越す。
「怪我を直すには良質な蛋白質が必須でしょうが。新年を祝うリボンもついていて、これ以上はない買い物だと思うけど」
 そうモウルが眉をひそめるのを見て、オーリは「いや、その買い物に異論は無い」と小さく頷いた。
「あいつの故郷では、どんなふうに年を越したのだろうかと思って」
 あいつ、との言葉を聞くなり、モウルの肩がぴくりと震えた。
「名前からして里長さとおさと同じ国の出身みたいだし、僕らの知ってる年越しと違いはないんじゃないの?」
 心持ち不機嫌そうなモウルの物言いに、オーリはまずきょとんとして、それから慌てて「違う。ウネンのことだ」と言い直した。
 おのれの勘違いに気がついたモウルの頬が、羞恥で一気に紅潮する。
「わざわざ僕に訊くってことは賢者のことかな、って思うだろ! ていうか、ウネンのことなら君と僕の情報量は変わらないはずだろ!」
「そうか」
「そうだよ!!」
 はぁ、と溜め息一つ、モウルは恨めしそうな眼差しをオーリに投げた。
「だいたい、ウネンの故郷について、ここでわざわざ語る意味ある?」
「あいつの故郷はイェゼロだろう」
 今度はモウルが面食らった顔をする番だ。しばしオーリの顔を見つめ、それからそっと目を細める。
「君さ、ほんと時々、びっくりするほど的確に要点を突いてくるよね」
 きょうだい揃ってよく似ていることで、と微笑を残してモウルがきびすを返す。真顔のオーリが怪訝そうに首を捻りながらそのあとを追った。
  
  
  
   国境の町リッテンでの年越し
  
  
 新年を迎える祭りの夜。しかし昼過ぎから降り続く雪のせいでマルセルは屋根の雪下ろしに駆り出されていた。暗い中でも魔術師ならば高所にのぼらずに作業ができる、ということで、同じ魔術師のルーが火で雪を緩ませマルセルがそれを吹き飛ばすという連携作業だ。
 落雪に巻き込まれそうになること三度、ルーが溜め息を吐き出した。
「こんなへっぽこが、どうしてあのテオと組めているのか分からんな」
「んだよー、テオはへっぽこじゃねえぞー」
「当たり前だ! 彼は体格の不利を機転と技術でねじ伏せる名剣士だ。その相棒がお前のようなへっぽこなのが納得いかん、と言ってるんだ!」
 その勢いのまま彼は日頃の鬱憤をマルセルにぶつける。「大体だな、お前のせいで馬鹿でも魔術師になれるんだな、て言われるんだぞ!」と。
 だが、マルセルから返ってきたのは、予想の斜め上を行く言葉だった。
「あー、そうなったら本当にいいよなあ……」
「は?」
「なりたい奴が、なりたいものになれるのが一番いいだろ。剣士みたいにさ、背が低くても『なりたい』って思えばなれるのがいいじゃん。そこから『凄い奴』になれるか『へっぽこ』になるかは頑張り次第ってわけだけど」
 マルセルがニカッと笑う。ルーは小さく息を呑んだ。
「アッでも悪い奴がぽこぽこ魔術師になっちまったらまずいな……」
 ルーの表情を誤解したか、マルセルが苦笑を浮かべた。
「心配すんなよな。これでも俺、魔術を悪用はしない、って決めてんだよ」
 せっかく授かったすげえちからだからな、と胸を張ってから、「それに、テオやお前の横に胸張って立てなくなるの、ヤダし」と付け加える。
 ルーがくるりとマルセルに背を向けた。やたら早口で「作業に戻るぞ!」と宣言する彼に、マルセルは相変わらずの上機嫌で「おうよ」と頷いた。