四 決別
レイがこちらに背中を向けて立っている。
木々の葉が一斉に風にざわめいた。闇に沈む森の中、レイが立つ処だけが、一筋の月明かりに淡く照らされている。
「レイ!」
シキの呼びかけが聞こえないのか、彼は微動だにせずにただ佇んでいる。もう一度、さっきよりも大きな声で呼んでみるが、やはり返事はない。
ならば、とレイの許に駆け寄ろうとして、シキは躊躇った。無言の背中が、まるで自分を拒絶しているように思えたからだ。
シキは、握り締めた右手を胸に当て、その場にじっと立ち尽くした。そして、固く目をつむった。
ざわざわざわと、葉擦れの音が大きくなる。
何度か深呼吸を繰り返し、それからシキは決意を込めて瞼を開いた。
――自分を、そして彼を、信じるのだ。
好きだと言ってくれたことを。そして何より、好きだと言ったことを。
シキは大きく地面を蹴った。
手を伸ばさなければ、振り払われることはない。けれど、手を伸ばさなければ、彼には決して届かない。
シキは大きく両手をレイへと差し伸べた。そうして、その広い背中をしっかりと抱きしめた。
その瞬間、レイの背中は粉々に砕け散った。
完全な静寂の中、レイのかけら達がきらきらと月光を反射する。
シキは呆然と、自分の腕の中を見つめた……。
自分の寝台の上で、シキは目を覚ました。眩しい陽の光が部屋中に充満している。
「レイ……?」
ここがどこなのか一瞬理解できずに、シキはきょろきょろと視線を巡らせた。ややあって自分が夢を見ていたということに気づき、ふう、と溜め息をこぼす。
――でも、どこからどこまでが、夢だったんだろう……?
シキは慌てて寝台から立ち上がった。そうしてゆっくりと辺りを見まわした。
鎧戸の閉まっていない窓、昨日のままの服。森の香り、身体に残っているレイの感触……。ということは、真夜中の逢瀬は夢ではなかったのだ。シキはほっとした表情で寝台に腰をかけると、改めて昨夜の記憶を辿った。
――東の森。懐かしい遊び場。そして……そこでレイと……。
ごくり、とシキは唾を呑み込んだ。暴れ始めた心臓をよそに、シキの頭は昨夜の出来事を忠実になぞっていく。背中に当たる冷たくて硬い石。レイの熱い身体。レイの手、レイの唇、レイの――。思い出すだけでシキの身体に震えが走る。レイが指を動かすたびに、信じられないほどの快感がシキに襲いかかった。何がどうなったのかも解らないままに、怒濤に呑み込まれ…………
そこから先の記憶がなかった。
あまりの気恥ずかしさに、シキは身悶えせんばかりだった。上気した両頬を手で押さえながら、しばしその場にうずくまる。気を失うまでそれを堪能するなんて、どれだけ自分は欲深いのだろうか、と少し情けなくなって。
それに、東の森の中心部からシキを連れて帰るのは、大変な仕事だったに違いない。自分がその間一度も目を覚まさなかったということにシキは驚き、そして申し訳なく思った。
――とにかく、レイに帰途のことを謝らなければ。
シキは大きく頷いてから、身支度を整えて部屋を出た。
急ぎ足で玄関ホールを通り過ぎたシキは、廊下の角で何かにぶつかってしまった。びっくりして顔を上げれば、師匠の広い背中がすぐ目の前にある。
「す、すみません、先生! おはようございます」
「おはよう、シキ、良く眠れたかい……」
そう言ってにっこりと振り返ったロイの穏やかな笑顔、銀縁眼鏡の奥の優しい光。
それが、一瞬のうちに凍りついた。
愕然とした形相でロイが息を呑んだ。それから乱暴にシキの頬を両手で掴んで上を向かせ、その顔を覗き込んだ。
「な、何ですか、先生……」
ロイは、そのままシキの顔の上のほうを凝視する。そう、丁度額の辺りを。
「夕べ、何があった?」
「え? 何って……」
「……何をした?」
聞いたこともない、低く押し殺したロイの声が響く。顔を固定されたシキは、身動き一つとることができない。
「どこへ行った!」
ロイはますます声を荒らげると、ぎらぎらと目を光らせてなおもシキに詰め寄ってきた。あまりに突然のロイの変貌に、シキの足が震え始めた。
――これは、誰?
いつだって先生は穏やかで、悠然としていて、その広い懐で自分達を優しく包み込んでくれていた。悪さや失敗を叱る時だって、常に順序立てて説明してくれた。急を要する時ばかりは大声を上げることもあったが、それでもすぐに冷静に諭してくれた。
それが、この豹変ぶりだ。一体全体自分の身に何が起こっているのかシキには全く理解ができず、ただ師匠の鬼気迫る剣幕に怯えるしかなかった。
と、その時、廊下の少し先で扉がゆっくりと開いた。
「……朝メシ、できてるぜ」
食堂の入り口に姿を現したレイは、彼らしからぬ静かな声でそう言うと、じっと二人を見つめた。
ロイはシキから手を放すとレイのほうにゆっくりと向き直った。
二人の視線が、激しくぶつかり合った。
解放されたシキは、わけが解らないままに逃げるように食堂へと駆け込んだ。悪い夢を振り払うかのように。
取り残されたロイとレイは、しばらくの間、お互いただ無言で睨み合い続けた。
重苦しい沈黙が場を支配する。
ロイは食事に殆 ど手をつけずに、ひたすらレイをねめつけ続けていた。
レイはといえば、自分に突き刺さる視線をものともせずに、平然と朝食を摂っている。
そしてシキは、混乱した頭をなんとか鎮めようと必死だった。
――先生は、何を怒っているのだろう……?
昨夜、家を抜け出したことを知られてしまったのか。でも、先生にそれ以上のことがどうして分かる? それに、自分達のしたことは、そこまで怒られるようなことなのだろうか?
何よりロイのあの激昂ぶりが、シキを激しく動揺させていた。
今まで見たことのないあの瞳、あの声。先生の汗ばんだ手のひらの感触がまだ頬に残っている。一体何が、先生の逆鱗に触れたというのだろうか……。
「シキ、今日は君が当番をやりなさい」
レイが食事を終えたのを見て、ロイが静かにそう言った。
「え?」
突然の命令に、シキは驚いて顔を上げた。
氷のような視線をレイに向けたまま、ロイが席を立つ。
「レイ、話がある。私の部屋へ」
レイが軽く頷いてそのあとに続いた。椅子を引く彼の手が、微かに震えていることにシキは気づいた。
「呪文書をどこへやった」
レイが部屋に入るや否や、ロイが怒りを隠そうともせずに問い質してきた。
「あの額の印はフォール神のものだ。そして、お前にも同じ気配が纏わりついている」
額の、印。それは、シキが確かにレイの「半身」となった、その証だった。
昨夜、シキと結ばれたのち、レイは件の術をシキに無断で彼女にかけた。精根尽き果て安らかな寝息を立てるシキを、とても叩き起こす気にならなかったからだ。かといって、この機会を逃せば、もうロイの先手を打つことなどできないだろう。罪悪感を無理やり呑み込んで、レイは魔術陣を起動させたのだ。
無事に術を成功させられた喜びは、すぐに不安にかき消されてしまった。シキの額に、指の先ほどの大きさの文様が刻まれているということに、気づいたのだ。
「印」についての記述は確かに呪文書にもあった。レイは、てっきり何かの喩えとばかり思っていた、……もとい、そう思い込もうとしていたのだ。
これではすぐに術のことをロイに知られてしまう。それが嫌ならば術を解除するしかない。
だがそうなると、ロイは難なく手に入れることができよう。シキの身体を。
たとえシキとレイが二人の関係をロイに告白したところで、その事実はロイにとって枷にはなり得ない。そうでなければ、そもそも魔術や薬を使ってまでシキをモノにしようという考えが起こらないはずなのだから。ロイは決して次の機会を逃さないだろう。そうなってしまっては、もうお仕舞いだ。たとえシキがレイのもとへ戻ろうとしても……、いや、そんなことをすれば、間違いなくロイはレイを強制的に排除するだろう。
どっちに転んだところで、レイはシキを失うことになる。それならば、どんな叱責を受けようとも、シキを自分に繋ぎ止めておきたい。たとえ魔術の力を借りてでも。レイはあの時、あの森で、そう覚悟を決めたのだ。
「術をかけたのはお前だな?」
「……はい」
観念して、レイは返答した。
大きな溜め息とともに、ロイが窓際の机の上に軽く腰をかけた。その表情は逆光でレイには窺い知ることができない。眼鏡の縁だけが、背後の窓からの光を不気味に反射している。
「お前が『封印解除』を使えるとはな。知っていたらお前を絶対に使いになど出さなかったのに」
いつもの穏やかな口調に戻って、ロイが呟いた。半ば独り言のように。
「彼女なら、中を見ようとなど考えなかっただろうな。やはり最初からそうすべきだったのだ……」
「あの嵐の中を、シキに行かせるつもりだったのか!」
今度は、レイが怒りを爆発させる番だった。
ぬかるんだ道、危険な崖、あの苦労したサランまでの行程。それをロイは、女性、しかも自分の想い人に辿らせようと考えていたのだ。自らの欲望のために、その当人を篭絡せんがために。レイは握り締めた拳をわなわなと震わせた。
ふっ、と鼻を鳴らして、ロイが床に降り立った。そうして、ゆっくりとレイのほうへと近づいてくる。その目は禍々しさすら感じさせる光を湛 えていた。
――誰だ、これは。
レイは初めて師に対して恐怖した。
「二週間そこらで、初見の、しかも異教の呪文をものにしてしまうとは。どうやら本当に、お前には私を越え得る才能があったようだな」
レイの背筋を冷たいものがつたう。緊張に耐えきれず、とうとうレイは足元に視線を落とした。
「実に残念だよ、レイ」
今まで噂でしか知らなかったロイの顔――東部平定の立役者、一騎当千の大魔術師――それは、征服された側にとっては、殺戮者、という意味だ。
「……さて、呪文書の処に案内してもらおうか」
抜き身の刃のような囁き声が、レイの耳元を震わせる。その声に抗うことなど、もはやレイにできようはずがなかった……。
いっそこのまま逃げ出してしまえれば。そんな衝動を必死で抑え込んで、レイは馬を走らせた。
規則正しく追ってくるもう一頭の蹄の音は、ロイの馬だ。背後に感じる凄まじいまでの威圧感に押し潰されそうになりながら、レイは真っ直ぐに東へと向かった。ともすれば震えそうになる身体を必死に奮い立たせながら。
半時後、二人は東の森の洞の前にいた。
レイが先導して、狭い入り口をくぐる。「灯明」を唱えるレイの声とともに、狭い洞内に二人分の長い影が揺らめいた。
「こんなところがあったとはな。お前の秘密の部屋か」
石の上に無造作に開かれた呪文書を、ロイが静かに手にとった。そのままパラパラと頁をめくる。
「……油断したよ。師匠を裏切る……か。そこまで私に似ずとも良かったのに」
まるで他人事のように呟くロイの様子に、思わずレイは言い返していた。
「裏切ったのは先生のほうだ」
怪訝そうにロイが呪文書から顔を上げた。そうして視線だけをレイのほうに向ける。
「シキが、どんなに先生を尊敬していたか。それが……こんな……、女を薬や魔術で無理矢理従わせよう、なんて男だったとはな!」
顔を背けて吐き捨てるようにレイが言い放つ。
ロイはぱたりと呪文書を閉じると、上着の懐に仕舞い込んだ。
「お前が言うことではないだろう?」
そう言うとロイは、数段低い声で先を続けた。「彼女を操り人形にして、どんなことをした? 何度楽しんだ?」
「その発想が反吐が出そうなんだよ!」
レイの絶叫が湿った空気を震わせた。大きく肩で息を継いでから、苦渋に満ちた表情を浮かべる。
「本当なら、こんな呪文に頼る必要なんてなかったんだ」
「……何?」
「シキも俺のこと、好きだって言ってくれたんだ」
「馬鹿な」
信じられないとばかりにロイが漏らした言葉を聞き、レイの奥歯に力が入った。
「嘘なものか! 先生が帰ってきたあの嵐の晩、俺はシキの部屋にいたんだぜ」
レイの頭のどこかで何かが、止せ、黙れ、と警告する。
「薬なんか使わなくっても、彼女は俺を求めてくれた」
だが、もう、止まらない。
「そうさ、先生が余計なことをしようとさえしなければ、俺だってこんな術をかけることはなかったんだ!」
レイの言葉が終わりきらないうちに、ロイの表情が唐突に歪められた。怒り、いや、痛みを堪えるがごとく。
「……言いたいことはそれだけか」
頭に太い釘を何本も打ちつけられるような疼痛が、ロイの頭骨の内部を犯し始めていた。視界が狭まり、吐き気が湧き起こる。激痛のあまり、身体から力という力が抜けていく。
それは、「誓約」を破る者に襲いかかるという「戒め」だった。十五年前、ギルドが暗黒魔術を封印した際に、ギルド長がロイにかけた「誓約」の魔術。その術の下、ロイは忌まわしき暗黒の名を冠した呪文を生涯使わぬことを誓わせられたのだ。
そして今、ロイはまさにその禁忌を破ろうとしていた。最大級の苦しみをレイに与えんがために、彼は禁じられた術を紡ぎ出そうとしていた。
凄まじき苦痛により意識がどんどん朦朧としていく中、ただ怒りの感情だけがロイを支えていた。
脂汗を流しながら苦悶の表情で、ロイが呪文を詠唱している。
レイは思わず一歩あとずさった。初めて耳にするその旋律の、なんと禍々しいことか。恐怖のあまり、レイはロイから目を逸らせることができない。
荒い呼吸に、血の滴るような声音が混ざる。
空気が次第におぞましい色を孕んでくる。
初めて感じるその「気配」は、底知れぬ闇の香りがした。
――やばい!
限界まで張りつめた空気の中、レイは辛うじて我に返った。そうしてあらん限りの力を注ぎ込んで、必死に呪文を詠む。ロイの魔術に対抗するために。
レイが自身に「抗魔術」をかけ終わるのとほぼ同時に、暗黒の力がロイからほとばしった。
レイの全身を打つ、力の奔流。それは不可視の鋭い爪となって、彼の頭の芯を鷲掴みにした。そしてそのままレイの脳天から、ずるり、と何かを引き抜いた。
全身が総毛立つ。割れ鐘が頭で鳴り響く。
恐ろしいまでの喪失感と疲労感に襲われ、レイはがっくりと膝をついた。手足が震え、もはや立ってなどいられない。
霞む目で師を見上げれば、彼はまだ何か呪文を唱えようとしていた。レイは、遠ざかる意識を死に物狂いで掴みながら、もう一度「抗魔術」を詠唱しようとした。そして、ほどなくその瞳に絶望の色を浮かべた。
――力が……出ない!?
レイの魔力は、先刻のロイの術により喰われてしまっていた。それも、全て。
もう反撃することは叶わない。愕然とレイは地面に爪を立てる。
――「だめ!」
両手を広げて飛び出したシキの背中に、銀の刃が鮮血を散らす。
レイは、掴まれていた腕を振りほどくと、倒れ伏すシキに駆け寄った。
シキの金の髪が、白い服が、血に赤く染まっている――
跪くレイを前にして、ロイも立っているのが精一杯の有様だった。だが、それでも彼はなおも指を動かして、二つ目の呪文を起動させる。
――シキの小さな身体が、腕の中でどんどん冷たくなっていく。
絶叫するレイの背中に、灼熱が突き立てられた。
次の瞬間、レイは背後から自分の胸部を突き破った切っ先を見た――
レイの喉から、聞くに堪えぬ絶叫がほとばしった。
力を失い地に這い蹲るレイを、再び襲う暗黒の魔術。生皮を剥がされるかのような激痛が、彼の全身を駆け巡った。今度はレイの命の火が、みるみるロイに吸い盗られていく。
――シキの上に折り重なるようにしてレイは倒れ込んだ。
暗闇の中、揺らめく松明の光。
騎士達の足。血塗られた切っ先。
おれはここで死ぬのだろうか。
シキはもう死んでしまったのだろうか――
術を終え、ようやく苦痛から解放されたロイは、暗い洞内に横たわる「元」弟子の傍に膝をついた。そしてそっとその首筋を触る。
「……驚いたな。まだ生きているのか」
弱々しいながらも、レイの体はまだ脈を刻んでいた。だが、もはや彼に意識はなく、事切れるのも時間の問題かと思われる。
「せめてもの手向けに、我が最高位の術でとどめをさしてやろう」
ロイは静かに立ち上がると、洞をあとにした。
目印に手折った枝を頼りに、ロイは来た道を逆に辿った。森の出口近く、充分に洞から離れた所で、晴れ晴れとした表情で印を結び始める。
紡ぎ出すのは「天隕」の呪文。詠唱の終わりと同時に両手を天に掲げて、術を起動する。
上空から迫り来る、圧倒的な魔力の気配。
レイは少しだけ意識を取り戻した。
そうだ、あの時も、自分はこんなふうに冷たい地面に横たわり、命が尽きるのを為すすべもなく待っていたのだ。
おのれの身体の下、途切れ始めるシキの鼓動。レイ自身も手足の感覚は既になく、呼吸することすら苦痛で、ただぼんやりと霞む目で洞窟内を眺めていたのだ……。
そう、洞窟。
あの時……十年前、シキに誘われてレイはこ こ に 来 た の だ 。
空の彼方から、森の中心に向かって一直線に落ちてくる光の筋。
ロイはそれを無表情で眺めていた。
次の瞬間、目も眩むばかりの閃光が森の木々をなぎ払った。一瞬遅れて、低い地響きが耳をつんざき、爆風が物凄い勢いで森中を席捲する。
ロイの周りで、礫や破片を「盾」が弾く青白い光が何度も閃いた。
再び静寂が訪れた東の森。まだ舞い立つ砂煙の中、森は外から見る限りは一見変わりがないように思えた。
だが、一歩中に踏み込むと、それが間違いであることが解る。
下草や細い枝は全て、森の周縁部に向かって薙ぎ倒されていた。そして、緑の葉という葉にうっすらと白く降り積もる砂。
更に中心へ向かって歩を進めると、やがて木々は森の外側へと傾ぎ始める。
悪路に難渋しながら半時間も歩いた頃、目の前が大きく開けた。
巨大なすり鉢状の穴がそこに現れていた。
「……見事だ。よくぞここまで腕を磨いたものだ……」
小柄な影がフードを脱ぐ。顔に深い皺を幾つも刻み込んだ、初老の男が姿を現した。「こんな奴とどうやって戦うつもりなのかね?」
男に問いかけられて、傍らの青年は不敵な笑みを浮かべた。くせのある黒髪が、風になびいている。
「化け物には、化け物で対抗すればいい」
その視線の先には、穴の斜面を滑り降りるサンの姿があった。
彼はそのままの勢いで窪地の底を中心へと走っていく。目標に到達すると、サンは軽く溜め息をつき、ゆっくりと屈み込んだ。
爆心地に無傷で立つ、高さ十寸ほどの何かの像。そして、その傍らに…………
「ったく、後先考えないところは全然直らないよな、お前」
口調を裏切る優しい表情で、サンが呟いた。
<第一部 完>