あわいを往く者

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黒の黄昏 第八話 絡み合う糸

  
  
  
    四  祖師
  
  
「お尋ね者デビューおめでとう!」
 満面の笑みを浮かべて、サンがレイの部屋の扉を威勢良く開け放った。手に持った一枚の紙をひらひらと揺らして寝台の傍まで近づくと、笑顔を顔に貼りつけたままレイの反応を待つ。
 もそ、と頭まで毛布をかぶったレイが微かに身じろぎした。
「おい、見ろよ、レイ! って、いい加減起きろよな」
 だが、その言葉を無視するように、毛布の塊は再び動きを止める。
「もしもし、レイ? レイ君? レイさん? レイ様? おーい、聞こえてんのかー、レー……」
「だーっ! う、る、さ、いっ!」
 毛布が空中にひるがえり、レイが寝台に起き上がった。どさくさに紛れた蹴りをあっさりとサンに避けられ、レイの機嫌は更に斜めにかしぐ。
「俺は、疲れてるんだ。も少しゆっくり寝かせろ!」
 それだけ言い捨てて、レイは再び毛布にくるまった。
 昨日、パレードの襲撃に失敗して逃げる際、レイは行動をともにしたウルスとサンと自分に「偽装」の術をかけた。
 この術は静止物にこそ効果的な代物だ。それを動き回る人間にかけようというのだから、術者の負担は非常に大きくなる。しかも術者自身も追っ手をかわしながらという非常識な状況で。三人の髪の色を変化させ続ける、ただそれだけのために、レイは全精力を使いきる羽目になったのだった。
「疲れた、って、お前、ナイフ投げて逃げただけじゃん。あ、ナントカって術使ってたか」
「偽装」
「それ、そんなに大変な術なわけ? 随分地味だったけど」
「お前なあ! …………っ!」
 もう一度飛び起きたレイだったが、何か言いかけた言葉を呑み込むと、歯軋りをしたまま壁のほうを向いて毛布に潜り込んだ。
「寝る。邪魔するな」
「朝から何も食ってないだろ。昼飯ぐらい食べに降りて来いよ」
「……いらね。眠いんだ、寝かせろ」
「こんだけ寝ててまだ寝足りないのか?」
 そう、眠いのだ。なにしろ一昨日の夜以来、レイは充分な睡眠がほとんど摂れていないのだから。これだけ疲弊していれば熟睡もできるだろう、と期待した昨夜も、結果は同じだった。眠りにつくなり、前日同様、あらぬ悪夢がレイに襲いかかってきたのだ。
 夢の中のシキは、決まって全裸だった。そしてあろうことか、彼女の身体には、影のようなものが纏わりついている。
 影が動く。
 シキが喘ぐ。
 薄らぼんやりと輪郭の定まらない影は、シキの体中を這い回り、遂には彼女の身体の中へと溶け込んでいく。
 苦悶に満ちた、シキの表情。
 だが、レイは確信している。この表情がこれからどのような変化を見せるのかということを。彼女の喉から迸るであろう、その声を。
 ――ロイの奴……!
 口惜しさのあまり吐き気が込み上げ、一晩の間にレイは何度も目を覚ました。そして、一日が経ってもそれは収まることはなく、それどころか頻度も過激さもいや増してくる有様だ。
 あの呪文の効果に逆らうことがどんなに難しいか、レイには良く分かっていた。禁忌として本能に刻み込まれた枷を引きちぎり、新たに術をかけ直すなど、普通の人間には到底不可能だろう。
 ――だが、あいつはやってのけた。
 半年前のあの洞の中で、暗黒魔術を紡ぎ出した師の様子を思い出し、レイはぞくりと背筋を震わせた。「誓約」の術のくびきすらも、ロイを従わせることができなかったのだ。その恐るべき精神力を思うだけで、レイの全身に鳥肌が立つ。
「なーに、悩ましい顔してんのさ」
 突然耳元で響いたサンの声に、レイはびっくりして顔を上へ向けた。
 いつの間にか、目と鼻の先にサンの顔があった。普通ならありえない至近距離に、レイの思考は一瞬停止した。
「…………な、何だ?」
「んー」
 レイの上に覆いかぶさるようなな体勢で、サンが笑いかけてきた。レイは慌てて寝台の頭のほうへ、ずりずりと後退する。
「お尋ね者になってからこっち、とんと色気のない生活が続いてるだろ」
「……あ、ああ」
「随分ご無沙汰でさ、溜まるとつらいよな、お互い」
「ま、まぁ、そうだな」
 ひしひしと押し寄せる嫌な予感に押しつぶされそうになりながらも、レイは必死でサンとの距離を稼ごうとする。だがその努力も虚しく、サンが朗らかな笑顔で、ずい、っと身を寄せてきた。
「で、さ。いっそのこと、宗旨変えしてもいいかなー、なんてさ?」
「待て。……まてマテ待てマて!」
「流石に、あまりにゴツイのはちょっとヤだからなぁ。そう考えると、レイ、お前結構イイ線いってない?」
 にっこりとサンは極上の笑みを浮かべる。だが……、目が、笑っていない!
「いってない。いってない、いってない! 断じて!」
「いやいや、も少し細ければ、かなりイイ感じなんだけど?」
 真っ青な顔で脂汗を流しながら硬直するレイを、充二分に鑑賞してから、サンはゆっくり身を起こした。にいっ、と意地悪な笑いを口元に刻んで、再びレイを見る。
「なあ、レイ、夕食も抜いてみないか?」
「……昼飯、食いに行ってくる!」
 敗北感よりも大きな危機感をいだきながら、レイは大慌てで部屋を飛び出していった。
  
  
 階下の広間では、ウルスとザラシュが既に食卓についていた。部屋に入ってきたレイを見るなり、ウルスがにやり、と笑いかけてくる。
「ようやく起きてきたか、色男」
 ここはアカデイア邸。彼ら四人の秘密の客に供されたのは、母屋の裏に建てられている離れだった。小さいながらも立派なこの建屋には、一階に一つ、二階に三つの客間がある。山がちなこの街で、これだけの敷地を確保するのがどんなに難しいことか、レイは思いを巡らせた。ふと、一昨日に会った客引きの少年の姿が脳裏に浮かび上がってきて、レイの眉が微かに曇る。
「そんな所に突っ立っていないで、席に着いたらどうだ、色男」
 部屋の中央に据えられたテーブルの上には、羊肉の串焼きが盛られた皿と、まだ湯気が立っていそうなパンの籠とが置いてあった。それを見た瞬間、レイの腹は大きな音で空腹を主張を開始した。
「元気そうじゃないか、色男」
「なんだよさっきから、その色男ってのは」
「サンの奴に見せてもらっていないのか?」
 ウルスが怪訝そうな顔をするのと同時に扉が開き、サンが一枚の紙を手に部屋に飛び込んできた。
「これだよ、これ。見せる前に飛び出していくんだもんなー」
 そう言って、サンはレイにその人相書きを手渡した。
「なかなか男前だぜ? 腕が良いよなあ、この絵師」
 そこにえがかれていたのは、白い頭巾をかぶった男の顔だった。
 目元はすっぽりと布の影に沈んでおり、涼しげな瞳だけがその黒色の中に浮かび上がっていた。少々鼻筋が整い過ぎているような気がするが、固く結ばれた薄い唇は、間違いなくレイのそれだ。
 ――あの喧騒の中、誰が一体どうやってこんなに克明な像を。
 そこまで考えて、レイは思い当たった。あの、灰色の冷たい瞳に。
「いいよなぁ。俺のなんて案山子みたいな絵なんだぜ。しかもその案山子、へらへら笑ってやんの。三年も帝都に居たってのに、なんでそんな絵しかけないかな、くそっ」
「……それって、まんま、そっくりじゃねーの?」
「レイこそ、似てない人相書きに、いちいち喜んでんじゃねぇよ」
 不安感を打ち消すつもりでサンに絡んでみたものの、抑えようとすればするほど胸の奥には得体の知れぬざわめきが押し寄せてくる。レイは観念して小さい溜め息をついた。
「目の辺りはともかく、似てるじゃねーか。お前は三年で案山子なんだろ? あんな短時間でこれだぞ。似過ぎていて……少し怖いぐらいだ」
「……アスラ帝だな」
 ザラシュがおもむろに口を開いた。
「あのお方に見つけられたのだろう? それでこの程度で済んだのだから、お前は運が良かったのだよ。なにしろ、頭巾から覗くひとふさだけで、その髪の色を見破られるかもしれなかったところなのだからな」
「……そんなに凄い奴……なのですか」
 レイはどうしても、この初老の男にぞんざいな言葉を遣うことができなかった。
 魔術師だということだが、レイはまだ一度もザラシュが術を使うところを見たことがない。だが、その物腰と気配から、相当な腕の持ち主であろうことは充分に察することができた。
 力ある者への素直な想い……それは尊敬であり、畏怖でもある。レイは、かつて師と仰いだ人物のことを思い返しながら、ザラシュの返答を待っていた。
「アスラ帝自身が、魔術師だからな。それも高位の。術師としての位は明らかにされておらぬが、おそらくその力は、ロイ・タヴァーネスよりも強大であろう」
 その言葉に、他の三人は思わず息を呑んだ。
  
 レイは手元の人相書きに視線を落とした。
 短剣の軌跡を追って振り返った皇帝の、豪奢な顔にそぐわない、暗い光を放つあの瞳。
 あの一瞬に、自分はここまで捕捉されてしまったのか。
  
「魔術、魔術、魔術、か」
 最初に沈黙を破ったのは、ウルスだった。腕を組んで勢い良く椅子の背にもたれると、鼻を鳴らしてうそぶく。「……だが、それを使うのは人間だ。俺と同じ、な」
 それから彼は、鷹揚にレイのほうを向いた。目に喜色を滲ませながら。
「なんにせよ、こうなってしまったからには、一蓮托生、だな。いい加減諦めろ」
「……ーったよ、認めるよ。認めたらいいんだろ」
 レイは両手を挙げて降参のポーズを示した。「でも、約束は守ってくれよな」
「ああ。仲間達には、引き続き彼女の行方を捜させよう」
 ウルスの言葉が終わるのを待って、サンが嬉しそうに右手をレイに差し出した。
「ようこそ、レイ。『赤い風』へ」
 そうして旧友二人は、実に四年ぶりの握手を交わしたのだった。
  
  
  
「さて。まずはどこから説明したものかな」
 全員が食事を終えたところで、ザラシュが口火を切った。てっきりウルスが話すものだと思っていたレイは、意表を突かれた形で、慌ててザラシュのほうに向き直る。
「レイ、お前は、我が孫弟子……ということになるのかね」
 その言葉にレイが目を見開く。
 ザラシュは、テーブルの上で節くれだった指を組み、静かにその過去を語り始めた。
  
  
 自慢の弟子。
 魔術学校の教師とともに彼が初めてザラシュのもとにやって来たのは、十五の時だった。
 孤児だった彼の才能をふとしたことから見出した貴族が、彼に姓を与え、教育を与えたのだという。それから五年の歳月が経ち、彼を連れてきた教師は神妙な面持ちでザラシュにこう語った。
 魔術に関して、我々が彼に教えられることは、もうないのです、と。
  
 ロイ・タヴァーネスはとても真面目な少年だった。
 放課後、学校の寄宿舎からザラシュのもとに通うのにも、一度たりと遅刻することはなかった。
 控えめな口調で話し、穏やかに笑う、年齢にそぐわぬ落ち着きを見せていた彼の、見事なまでに抑制された自己は、多分に、孤児出身の身でありながら貴族や名士の子弟達と机を並べねばならぬ、という状況が鍛え上げたものだったのだろう。
 当時、ザラシュは三十八歳だった。その三年前に彼は皇帝――現皇帝達の父君である先代――の任命を受け、宮廷魔術師長の地位に就いていた。
 おそらくは帝国一の魔術の使い手。そう自負していたザラシュにとって、ロイの存在はただひたすら驚嘆すべきものだった。まるで砂漠の砂が雨を呑むかのように、彼はザラシュが教える全てをまたたく間に吸収していった。
 ――素晴らしい。まさしくこれぞ逸材なり。
 ロイを育て上げることに、ザラシュは酔いしれた。稀代の人材に「先生」と呼ばれるたびに、彼は高揚した。この時こそが、ザラシュの魔術師としての人生の中で、最も充実していた日々だったのかもしれない……。
  
「だが、私は何かを教え間違えてしまったのだろうな」
 ポツリ、と呟くように、老いた魔術師は語り続けた。
「そもそも私のような凡人が彼を導こうという時点で、既に破局は決定していたのであろう。優秀な弟子とともに歩んでいくということに私は夢中になっていたが、それは彼にとってはもどかしいこと甚だしき事態であったのかもしれん。
 彼が宮廷魔術師となった四年後、今から十五年前。私はロイの一言によって、宮廷を追われることになったのだ」
 レイの脳裏に、あの時のロイの声が蘇ってくる。
『師匠を裏切る……か。そこまで私に似ずとも良かったのに』
 淡々と、何の感慨もなく呟く、冷たい声。十五年前も、彼はそんな口調でおのが師を裏切ったのだろうか。
「当時は、即位したばかりのアスラ帝が、神の啓示を受けた、と途方もない改革をのたまわれた時だった。それはあまりにも突然で、強引で、乱暴な話であった。皇帝陛下を、その啓示とやらを疑う気はなかったが、少なくとも一度は学者や将官がつくテーブルに議題としてあげるべきだろう、私はそう考え、そのことをいかにして皇帝陛下に解っていただけば良いのか、それに腐心する毎日だった。
 そうやって私が煩悶とした日々を送っている間に、彼に先手を打たれてしまったのだよ」
  
 畏れながら申し上げます。我が師は、皇帝陛下の信仰改革を快く思っておりませぬ。
 それどころか、どのようなことをしても思い直していただかねば、と不遜なことを申しておりました。
  
 のちにザラシュが人づてに聞いたその告発は、決して荒唐無稽なものでも、大袈裟なものでもなかった。ただそれを耳にしたアスラ帝が、その言葉に激しく反応したのだ。ザラシュ・ライアンに謀反の意思あり、と。
 即時に、ザラシュは城に呼び出され、皇帝に目通りも叶わないまま、独房に入れられた。術を封じるべく両手を拘束されたが、それでもザラシュはおとなしく命に従った。これは何かの誤解だ、きっとすぐに解放されるに違いないと信じて。
 その夜更け、ザラシュの後援者の使いが命を賭して牢獄に忍び込み、明朝にザラシュが処刑されることになったと耳打ちした。あまりにも短い時間に急変する事態に、ザラシュは混乱した。混乱して、彼はとりあえず生き永らえる道を選ぶことにした。
 宮廷魔術師となって二十余年、ザラシュは皇帝の命に初めて背くこととなった。牢を破り、後援者の伝手を辿って、帝都を脱出した。おそらくはもう二度とこの地に帰ることはできないだろう、という思いとともに。
 ザラシュは、名実ともに謀反者となったのだ。
  
「仮に、あのまま牢に留まったとして、翌日には間違いなく私は剣の露と消えていただろう。後悔はしておらぬ」
 レイは、師の師であった男の顔をまじまじと見つめた。
 計算が間違っていなければ、ザラシュが都を追われた時、彼は四十五歳であったはずだ。人生の折り返しをとうに過ぎて、彼は全てを失ったのだ。宮廷魔術師長としての申し分のない生活も、安泰だったはずの余生も。その挙げ句が、反乱団の頭領とは。レイはむしょうにいたたまれない気分に襲われた。
「……なに、そんなに哀れんでくれるな。これでも私はこの生活に概ね満足しておるのだから」
 レイの胸の内を見透かしたかのように、ザラシュが笑みを浮かべる。
「どこに身を置こうと、私はこの帝国がより良い国たるように、民が皆幸せであるように、尽力したいと思っている。それが、魔術を修める者の務めだからだ。
 偶々、私の周りには帝国そのものへの不満分子が多く集まり、偶々、解りやすい旗印が出来上がってしまったが、所詮それはそれだけのことだ。目的は違っていても、手段が同じということは間々あるわけだからな」
「さだめし、俺なんかはその軒を借りる最たる者だな」
 口のを少し上げながら、ウルスが冗談めかしてまぜっかえす。それに対して、ザラシュは不敵な表情を浮かべて応戦した。
「なあに、母屋は簡単には盗られまいぞ」
 これまで往々にして不思議に思えた彼らの力関係に、レイは初めて納得した。
 昨日の襲撃は、あくまでもウルスの、カラント元国民の「仕事」だったのだ。だからザラシュは動かなかったのに違いない。
 もしも、ザラシュがあの場に居合わせていて、そしてもしも、馬車に乗っていたのがアスラ帝ではなくセイジュ帝のほうだったら、ザラシュは皇帝の守護にまわっていたかもしれない。稀代の名君と名高い弟帝だったらば。
「アスラ帝の宗教改革は間違っている。この十五年、各地をまわって見聞きし調べた事実から、私はそう確信している。異教は邪教ではない。水が無ければ人は死んでしまうが、水しかなくともやはり人は生きられないのだ」
 ザラシュは拳を握り締めて、熱弁をふるう。
「私は、何度となく『風声』の術を使って、皇帝陛下達、特にアスラ帝に、邪教狩りの危険性についてご注進いたした。いくら謀反者の言葉だといえども、お二人は聡明な統治者だ。その意味がお解りにならぬはずがないと思ってな。
 それでも未だ邪教狩りを敢行し続けておられるアスラ帝は、よほどの阿呆か、人々の敵か」
 敵、という言葉に、皆は息を呑んだ。あのウルスでさえ、一瞬怯えたような色を瞳に宿す。
「……少し、喋り過ぎたようだ」
 ザラシュはグラスの水を一息に飲み干してから、ゆっくりと立ち上がった。「部屋に戻って少し休むとしよう」
 そう言って、彼は静かに食堂を出ていった。
  
  
「カラントの再興、それが俺の目的だ。そのためには、まずこのマクダレン帝国を倒さねばならん。が……、ザラシュ殿の言ではないが、もう少し的を絞っても良いかなとも思っている。俺だって、好き好んで世の中を乱そうとしているわけではないからな」
 ウルスは大きく伸びをして天井を仰いだ。そのまま仰け反った姿勢で、言葉を継ぐ。「打倒、アスラ帝。当面の敵はあの気障ったらしい優男だな。弟帝とやらが本当に名君だというのならば」
 そもそも「皇帝が二人いる」ということ自体が変なのだからな。そう呟くウルスの横で、レイはつい身震いをした。アスラのあの氷のような視線を思い出してしまったのだ。
 気持ちを落ち着かせようと、レイは大きく息を吸った。自分の恐怖心が誰かに見透かされてやいないかと、そっと周りを見渡す。途端にサンが「どうした?」と喰いついてきて、その勘の良さにレイは心の中で大きく溜め息をついた。
「いや、何でもねーよ。それよりさ、お前はなんで仲間になったんだ?」
 問いかけられたサンは、ほんの瞬間少し目を細める。それから悪戯っぽく片目をつむってみせた。
「……まあ、そのうち教えてやるよ」
  
  
  
 館の主人に用がある、とウルスが退席したのち、家令が食器を下げに離れにやって来た。秘密の客の世話を、一介の使用人に任せてはおけないということなのだろう。まだ若いその男は、てきぱきと食卓の上を片付けると、レイ達に珈琲まで入れてくれた。恐縮する二人に軽く会釈のみを返し、家令は食器の籠を抱えて母屋へと帰っていった。
  
 取り残された二人は、なんとなく部屋に戻りそびれたまま、お互い無言のままカップを傾けた。
 先刻のザラシュの話ですっかり眠気が飛んでしまったレイは、テーブルの上に肘をつきながら、ちらりと隣を窺った。昼食を食べたら、また昼寝をしに戻るつもりだったのだが、こんなに高揚した頭では、眠るどころの話ではないだろう。こうなったら、秘密主義者のサンを問い詰めて、反乱団に所属するに至った動機を聞き出そうか。そう、レイが考えたのと時を同じくして、「おお、そうだ」とサンが両手を打って、沈黙を破った。
「お前、その髪を上手く隠す方法を考えろよ。あの白い布じゃなくって」
「はぁ? 何だって?」
「あの人相書きなら、髪さえ上手く隠せたらなんとかかわせるさ。でさ、」
 サンはレイの耳元に手を当てると、こそこそ耳打ちした。
「折角の大きな街だ。幾らでも官警の隙はあるさ。今晩か明晩あたり、ちょいと『冒険』しに行こうぜぃ」
「……って、ちょ、おま……」
「何だよ、やっぱ俺がイイわけ?」
 サンに、耳に息を吹きかけられ、レイは思わず椅子を蹴って横に大きく跳びずさる。
「そ、そ、そんなわけないだろ!」
「じゃ、決まりだ」
 にいっ、と笑うサンを見ながら、レイはもう遠い学び舎の風景を思い出していた。
 ――ああ、確かに、シキ、お前の言うとおりだ。コイツは全然変わってねえ。
 歳月が経ち、居場所が変わり、立場も、為すべき事も変化していくのに、サンは間違いなくサンであった。
 ――ならば……。
 レイはふと自分の手を見やった。
 ……ならば、俺はどうなのだろうか。この、めまぐるしく変化する情勢の中で、俺はどこまで俺自身でいられるのだろうか。
 黒の導師。
 黒髪の巫子。
 考えるべき事は山ほどある。だが……、まずはシキを見つけ出すのが先だ。
 手のひらに爪が食い込むほどその拳を握り締め、レイはあえて自らの思考を停止させた。