身体が、熱くて堪 らない。
朗の手が動く度に、志紀の身体の中を電流が走る。そしてそれは皮膚の内側で乱反射しては、どんどん志紀の内部で増幅し続けているようだった。
「そんなに気持ち良い?」
とても……優しい声。
そうだ。
自分の欲望を満たすためだけの行為ならば、もっと一方的なものなのじゃないだろうか。
さっきのあの深いキスも、今私の胸を触る手も、とても優しくて……だから、こんなに、気持ちが、良い……、のだろう。
志紀は素直に頷いた。
恥かしさのあまり、気持ち良さのあまり、どうしても志紀は目を開ける事が出来ない。眼前に朗の気配を感じ取りながら、志紀は固く瞼を閉じて、男の指がもたらす快楽にただ身を委ねていた。
昨日の出来事はあまりにも突然で、刹那的で、その衝撃は志紀の許容量を簡単に振り切ってしまっていた。我に返った時には、既に志紀は手際の良い朗の手によって、あっという間に日常に戻らされてしまっていたのだ。
加えて、志紀は生の感情を吐き出す事が苦手だった。直情的に泣き喚く事も出来ず、先ずは表を取り繕った。それから、過負荷状態を回避すべく、彼女は心にリセットをかけてしまった……。
宙ぶらりんとなった恐怖感や嫌悪感が改めて明確な形をとるよりも早く、朗は再び志紀を絡め取る事に成功した。
そして今、志紀の心は快感に支配されつつある。微かに残った背徳感も、朗の焦らすような指使いに霧散させられていく。
私のために。
先生が私を気持ち良くさせてくれている。
もしも志紀が目を開けていたら、朗のあの笑みを見ていたら、果たして同じように考える事が出来ただろうか……。
胸元に風を感じて、志紀はそっと目を開けた。
ブラウスのボタンを外し終わった朗が、ブラに手をかけているところだった。彼は長椅子の中ほどに膝で立ち、志紀を無言で見下ろしている。志紀の位置からは、光の加減で眼鏡の奥の彼の表情は読み取れない。
至近に迫られる事に慣れていない志紀にとっては、本来ならば丁度良い距離感だ。だが、今はこの微妙に空いた空間がやけに頼りなく感じられる。
「……せん、せい?」
思わずそう呼びかけてから、志紀は酷く慌ててしまった。どういうつもりでその言葉を発したのか、自分でもさっぱり解らなかったからだ。志紀は当惑のあまり顔を背ける。
しかし、熱を帯びた大きな掌が、すぐにその頬を包み込んだ。ゆっくりと、だが問答無用に、志紀は正面を向かされる。
「顔を見せて」
「は、はい……」
至極満足そうな色を瞳に湛 えて、朗はブラのフロントホックを外した。軽い開放感とともに、志紀の胸が揺れてこぼれる。
「ひゃっ」
「隠さない」
朗の右手が、志紀の両手を掴み取った。自由を奪われてしまった、という意識が、余計に志紀の身体の奥底をずくんと疼かせる。
志紀の身体を跨いでいた朗が、長椅子から降り立つ。床に膝をついて、志紀の手首を彼女の頭の上に纏めて止める。
志紀は思わずまた目を瞑った。
接近してくる、気配。だが、不思議と圧迫感は感じなかった。寧 ろ、安心感すら湧き起こる。
朗の体温を感じたかった。
空気の篭った狭い部屋は、まるでサウナのようだ。古めかしいスタンド型扇風機の風など、気休めにしかならない。
それなのに、汗にまみれながらも志紀の身体は微かに震えていた。
抱きしめて欲しい。そして、また…………
先刻の深いキスを思い出して、唇に意識が集中する。
そして、朗の唇が…………
「やっ、んんんんっっ!」
朗の唇が、志紀の胸の先端に吸い付いた。少し力を加えるようにして、硬く盛り上がった突起をぐりぐりと挟み込む。同時に、柔らかい舌が、頂点部分を何度も弾いた。志紀は思わず上げそうになった叫び声を必死で飲み込んで、身体を捩じらせる。
朗は、今度は少し唇を浮かせて、わざと音を立てるようにして舐め上げた。
志紀の腰が激しく波打つ。朗は乱れたスカートの裾に手を潜らせ、志紀の左腿を二の腕で押さえ込んだ。そのまま手首を、指を、秘められた場所へと伸ばしていく。
触れた布が、二分丈のスパッツだと気が付いて、朗は愛撫の合間に小さく舌打ちした。肩で少し息をついてから、指をスパッツのウエストゴムにかけ引き脱がす。何度かもたつきながらも、朗はその作業に成功した。勿論、その間も彼の唇は、執拗に志紀の胸をついばんでいる。
朗の忍び笑いが、さざ波のように志紀の胸を震わせた。
「びしょ濡れだよ?」
「や……だ…………」
「……何が、嫌なのかな?」
「そんな事、言わないで……」
「どんな事?」
「は……、恥ずかしい……事を……」
朗の指が、下着の脇から進入してくる。
「じゃあ、触るのはオッケー、と」
「ひゃあぁあんっっ!」
ずぶり、と指が洪水を起こしている場所に突き刺さる。
「また、溢れてきた」
すっかり濡れそぼった布が、朗の手の甲に張り付く。卑猥な感触に、彼は大きく生唾を飲み込んだ。
もう、充二分に「ここ」は準備が整っている。あの媚肉の味を思い出して、朗は思わず腰を浮かせた。
だが、彼の理性が彼自身を押しとどめる。
ここで手を抜いてはいけない。徹底的に志紀の身体に快楽を刻み込むのだ。
私の事を、この秘密の情事の事を、心に刻み込ませるのだ。
朗は、指の腹で秘筒の壁をなぞるように一周させる。志紀の全身に力が入る。
「どうだ?」
抜いては挿し……。
「ここも……イイ筈だ」
朗の親指が花芽を掠める。同時に右手で志紀の胸の頂 を撫で回す。
志紀の呼吸が一気に荒くなった。いやいや、をするように首を激しく振って、身体を硬直させている。
朗は、ここぞとばかりに親指に力を込めた。立ち上がった突起を擦り続ける。
志紀の視界が、真っ白に弾ける。
大きく喘いで、仰け反って、彼女は長椅子の上にどさりと身体を沈ませた。
その様子を見ながら、朗は口元に浮かびそうになる薄笑いを必死で押さえ込んでいた。
「欲しそうな顔をしているね」
「え……?」
朗の指が、ぴん、と肉芽を弾く。志紀がまた大きく仰け反った。
「ほら、こんなに、敏感になっている」
「や……だ、せ……ん、せ…………」
合成皮革張りの長椅子の上に、水溜りが出来ている。
昨日の今日で、随分な反応の良さではないか。
朗は満足そうに微笑むと、志紀の両膝を持ち上げた。とろけて溢れ出している箇所におのれを擦り付けると、志紀の身体が小刻みにびくびくと震える。
彼女の熱が、薄いゴム越しに朗のモノに伝わってくる。
「いくよ」
ゆっくりと、朗は腰を沈めていった。昨日ほどではないものの、狭い筒内が侵入者を拒んでいる。
志紀が眉間に皺を刻んでいるのは、昨日の記憶のせいなのだろうか、それとも……
「痛いかい?」
「…………少し、だけ」
「悪いね」
口先だけで労 って、朗は志紀の膝を思いきり自分に引き寄せた。最後の最後までおのれを捻り込み、ぞんぶんに熱い柔肉を貪る。
昨日は、無理矢理だった。押さえ込んだ腰を強引に背後から犯し、ただおのれの欲望のみを吐き出した。
だが、今日は違う。
一日前の記憶に囚われ、雰囲気に流され、快楽に呑まれたとはいえ、彼女は朗の前に自ら身を投げ出した。
たとえ、それが朗の策略だったのだとしても、それに嵌ったのは間違いなく彼女自身なのだ。
朗はゆっくりと腰を動かし始めた。
彼女の内部が少し緩む。そして、志紀の表情も。その様子を見て、朗は思いっきり奥まで突き入れた。
志紀の喉から嬌声が漏れた。充分とは言わないまでも、感じ始めているようだった。
朗は、そろりと腰を引き……もう一度最奥を突く。
自分の大きな声に気が付いたのだろう。志紀は両手で口元を覆って、歯を食いしばっている。その、苦悶に似た表情に、朗の内部はさらに猛り狂った。
――――――穢してやる。乱してやる。
何度も腰を打ちつけながら、朗は目を閉じた。
そして志紀は……自分がもう二度とリセットの効かない領域に足を踏み入れてしまったという事に、まだ気が付いていなかった。
< 続く >