男の指が肩に食い込む痛みと、口腔内を蠢く舌の感触に、志紀は声にならない声を上げながら身悶えた。
何が起こっているのか、彼女には即座に理解出来なかった。
ついさっきまで穏やかに談笑していた筈の相手が、荒々しく唇を合わせてくる。志紀には、その切欠が何も思い当たらない。
「……やっ」
必死で頭を捩った志紀に、朗が低い声で言葉を投げつける。
「嫌か」
「だって、こんな」
「嫌なら、抵抗すればいい」
再び口付けられる。今度は浅いキス。
「叫ぶなり、私の舌を噛むなり」
啄ばむように、朗の唇が志紀の唇を食 む。
「抵抗してみ給え」
朗の発する言葉一つ一つが、志紀の身体に突き刺さる。
もう少ししたら、誰かがここにやってくる。
知らない子かもしれない。理奈や嶺かもしれない。
でも……、こんな姿を見られて困るのは、私よりも先生の方だろう。
「だめです、先生、皆が……」
自分の口を水音を立てて出入りする、柔らかい肉塊。歯を食いしばれば侵入を防げるだろうが、無言でいる事に志紀は耐えられそうになかった。
身を捩ろうにも朗の力は強く、そして朗の舌を噛むなんて事は考えたくもない。
「皆がっ、来ますっ」
「まだ十分間ぐらいは、ある」
十分間……。
「でもっ」
「そうだな、十分間でどこまでいけるのか……試してみようか」
「!」
強く右肩を引かれた次の瞬間には、志紀は朗に対して後ろを向かされてしまっていた。ごつごつした木の幹から顔を守ろうと思わず両手を木肌につけば、無防備になった志紀の身体に背後から朗の手が伸びてくる。
十分間。
「ひゃっ」
ゆったりとした半袖シャツの右の袖口から、朗の右手が差し入れられた。そのままさらにTシャツの袖口をもパスして、胸元に指が到達する。
十分間だけなら。
ぞくぞくと志紀の背筋を震えが走る。
皆に気付かれずにすむのなら……。
ならば……。
朗の指が胸元を嬲っている。
躊躇いながらも、志紀は抵抗を諦めてそっと目を閉じた。
よせ、やめろ、と誰かが頭の片隅で囁いている。
だが、その声はあまりにも小さく、朗の中を轟音を立てて渦巻いている衝動の前には、何の効力も無い。
「そうだな、十分間でどこまでいけるのか……試してみようか」
そう言った自分の声も、やけに遠く感じる。
果たして、おのれの発した言葉の意味を、朗はどれだけ認識していたのだろうか。今、彼の中を満たしているのは、ただ熱く、激しくうねり続ける濁流だけだった。
目の前にあるのは、志紀の白いうなじ。やや下を向いているせいか、黒い髪の隙間から、眩いほどに朗の目を射る。思わず舌を這わせば、彼女の身体が痙攣するように震えた。
志紀の背後をとったのは、何故なのだろうか。
相手が従順な女ならともかく、抵抗を封じるにはこの体勢は非常に不向きである。状況よりも嗜好を優先させるほど、自分は今我を失っているのだろうか。
頭のどこかに、冷静であろうとしている自分がいる。ただ、その思考すら熱に浮かされたものでしかなく、当然、今、彼の大部分を占める猛り狂う何かは、完全におのれを見失ってしまっていた。
二週間前のあの始まりの時、彼女は身体を硬くして、朗の動きにただ翻弄されるばかりだった。
彼女を後ろ手に拘束していたえんじの紐が、白い肌と白いブラウスの上に、毒々しい色を添えている。朗が腰を動かす度に、捲り上げられた灰緑色のスカートが揺れる。
耳をくすぐる志紀の喘ぎ声は、まだ甘さには程遠いが、それでも胸への愛撫に彼女は激しく身体を震わせていた。
……その過去の映像に上書きされる、妄想。
木の幹に手をついた志紀の、一糸纏わぬ身体。
恥じらいと拒否の言葉とは裏腹に、彼女は蜜を溢れさせて、腰を艶かしくうねらせている。
それを背後から揺さぶるのは、この私だ。
私が、彼女を乱しているのだ…………!
「せ、せんせ……、痛い……」
搾り出すような志紀の声に、朗の意識は一気に現実に引き戻された。
気が付けば、眼前の志紀は裸体などではなく。
袖口から強引に差し入れた手が、力を込めて彼女の乳房を鷲掴んでいた。慌てて朗は手を緩める。
私は、今、何をしようとしていたのだ?
直前の自分の台詞が、脳裏に蘇る。
――十分間でどこまでいけるのか……試してみようか――
試す?
試すどころではない。先刻の自分は、志紀を犯す事しか考えていなかった。
たったの十分間で最後まで到達する事など、出来る筈が無いのに……。
「……先生?」
朗の気配が緩んだ事を感じ取ったのか、志紀がおずおずと肩越しに振り返る。
可能な限りの優しい笑みを浮かべて、朗はそっと志紀の頬に唇を寄せた。
「怖がらせてしまったかな」
「……い、いいえ」
志紀はそう否定したものの、朗の指が感じる彼女の肌理はすっかり粟立ってしまっている。
……私とした事が、迂闊な事をしたものだ。
「時間が無い事に、少し慌ててしまったかな……」
苦しい言い訳を吐き出しながら、朗は密かに自嘲した。
一体、何が自分を狂わせてしまったのだろうか。瞬間的に自分の思考をトレースするも、薄暗い靄がそれを阻む。
朗は微かに眉を寄せた。今日の私は、本当にどうかしている……。
溜息を呑み込んでから、朗は左手をも同様に背後から志紀の衣服の中へ潜り込ませた。そして、両手でゆっくりと双丘を掬い上げる。今度は優しく。
「そうだ、力を抜いて」
少しだけ、志紀の身体が弛緩する。朗は辛抱強く、柔らかなふくらみを撫で続けた。
残された時間は、もう僅かしかない。続きはのちほど、となれば……、ここは、志紀を感じさせる事が第一義だろう。
すっかりおのれを取り戻した朗は、ただ志紀の痴態を楽しむ事に専念し始めた。
甘い声が喉の奥から漏れてくる。
志紀は目の前の木の幹に爪を立てながら、朗の息遣いを背中全体で感じていた。
間違いなく、期待していたのだ。自分は。
あの声が耳元を震わせるのを。こうやって抱きすくめられる事を。キスされて、その先、少しだけ戯れて……。僅か数分間の、危険な逢瀬を。
最初に急変した時の朗の気配は、文字通り鬼気迫るものがあった。
なのに、抵抗出来なかった。このまま、身を任せてしまおうとしていた。
そう、タイムリミットさえ守られるのならば、どうなったって良い、と……。
そして、今またあの優しい声が志紀の肌にすりこまれていく。
もう、絶対に抗えない。何故なら、これは志紀が望んでいた事だから。
朗の指が、ブラの下に入り込む。いつの間にか硬く隆起していたその先端が、指の腹で探られる。
「刺激的かい? 外は」
びくびくっ、と身体が朗の声に反応した。身体の奥底が、じわりと熱くなってくる。
朗の指先が敏感な突起をゆっくりと撫で始めた。焦らすような動きで、何度も何度もしこった部分を転がすように愛撫する。両胸の先端から身体の奥底へと走る先鋭的な快感に、志紀は堪 らず身を捩った。
その拍子に、ジーンズの硬い生地が志紀の局部に思わぬ刺激をもたらした。じわり、と熱いものが溢れてくるのが解る。
必死で押し殺そうとしても、妖しい声が口をついて出てしまう。そして、自分の出したその声に、志紀の身体はさらに煽られるのだ。
「気持ち良いかい?」
朗の指は休む事を知らず、ただ執拗に両胸の頂 を震わせ続ける。
がくん、と志紀の足から力が抜ける。
志紀の耳元で、朗が静かに笑った。
「こんな野外で、そんなに感じてしまうのか」
志紀が羞恥からきつく唇を噛む。木に取りすがるようにして身を起こし、必死で膝に力を込めた。
だが、そんな志紀の努力を、朗の次の言葉が粉々に打ち砕く。
「……嬉しいよ」
がくん。
眼前の木の幹にしがみついていたために腰を後ろに突き出すような姿勢で、志紀の身体が大きく沈んだ。ジーンズの食い込む感触が、電流のように彼女の身体を貫く。
思わず漏れた嬌声に、またも朗が笑う気配。
「仕方ない。支えてあげよう」
言うや否や、志紀の両足を抉 じ開けるようにして朗の足が割り込んでくる。志紀は、朗の左腿に座る体勢となった。
「や、やだ……っ」
濡れた下着がはり付く感触はとても不快だった。だが、その嫌悪感をすぐに身体の熱さが打ち消してしまう。入れ替わりに訪れるのは、耐え難いほどの身体の疼き。そして、それはどんどんとその圧力を高めていく……。
胸への愛撫にリズムを合わせるようにして、朗が左足を動かし始めた。志紀の身体が何度も跳ね上がる。
頂点はすぐ目の前にまで迫っていた。高まる快感に志紀が身を委ねようとした、その時、彼女の瞳があるものを捉えた。
木々の葉の隙間、微かに垣間見える下方の農道を二つの光点が近づいてくる。
「せ……先生……っ、灯りが……」
「来たか」
懐中電灯の光は、すぐに死角に消えた。
暗闇のせいで微妙に距離感が掴めないが、おそらくはあと一分ほどで、彼らはこの小山の麓で待つ地学部組に遭遇するだろう。
「せんせ……い、やめ……て……」
「まだだ」
朗の動きは止まらない。
「や……お願い……で…………す」
「まだ、イってないだろう?」
「そんな……、無理……っ!」
「無理かどうかは、試してみなければ、な」
彼らは今、どこまで来ているのだろうか。
もう、階段を上り始めているのではないだろうか。
「や……だめ……っ」
「余計な事を考えるな」
「でも……っ」
きらり、と一瞬だけ、光が見えた。
さっきよりもずっと近い。階段を、上ってくる光。
「せんせいっ……!」
声を潜めながら、志紀は必死で訴える。
朗は密やかな笑いを浮かべて、なおも志紀を責め立て続けた。