The one who treads through the void

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CONTRADICTING BLOCKS 第三話 軌道

 
 
 
「さてと」
 窓の施錠を確かめ終わった朗が、化学室内を振り返った。「皆、ご苦労さん。二日目もよろしく頼むよ」
 少しずつ陽の落ちるのが早くなってきたとはいえ、九月の夕刻はまだまだ明るく、一同はまだお祭り気分真っ只中にあった。朗の言葉に曖昧に返答しながら、数人はこの後の予定について相談し始めている。
「マクドは一杯だろ」
「ファミレスもな」
「ってか、俺、まだ腹減ってないぞー」
「はいはい、相談は外で。もう閉めるからな」
 生徒達を追い出しにかかりながら、朗はプロジェクタをはじめとする機器の電源を落としてまわっていた。
 
「あれ? 有馬さんは?」
 
 その声に、微かに朗が反応する。性急過ぎないように、怪しまれないように、彼はゆっくりと陸の方を見た。
 きょろきょろと室内を見回している陸につられたのか、その傍らで嶺も辺りに視線を巡らせている。
「志……有馬なら、さっきまでそこに……」
「彼女なら、用があるとかで先に帰ったようだが」
 声の抑揚、スピード、話し方。不審に思われなかっただろうか。
 朗は少しだけ鼓動を早めながら、彼らにそう答えた。
「……だってさ。何? 柏木、有馬に何か用?」
 朗の台詞を引き継いで、嶺が陸に向き直る。
「いや、最近、彼女付き合い悪いな、と思って」
「そっか? 川村ンとこ行ったんじゃねえの?」
 志紀と仲の良い演劇部員の名前を聞いて、陸もまた何か納得したようだった。「じゃ、な」と自分の鞄を肩に担ぎ、扉へ向かう。
「んだよ、柏木、帰んのか?」
「受験生だからね」
 俺だってそうだよ、と笑う学友達を後に残して、彼は扉の向こうへと消えていった。
 それを皮切りに、他の化学部員もぞろぞろと化学室を退出し始めるのだった。
 
 
 
 誰もいない化学室。
 普段ならばとても広く感じられるのに、今日は矢鱈と小ぢんまりして見える。四方に張り巡らされた暗幕の視覚的効果のせいだろう。
 朗は実験机の上に浅く腰をかけて、溜息をついた。
 
 所謂いわゆる禁断の関係というやつなれば、人目を忍ぶのは当然の事だ。
 二人が問題なく共有出来る空間は学校しかない。そして、他の人間に知られないようにするためには、結局は自分のホームグラウンドを施錠して、外部に対して閉鎖空間を作り上げるしかなかった。
 いつも同じ場所。溜息の出るほどに変わりばえの無い、鍵のかかった密室。しかも、許される時間は限られている。
 そして、他愛ない会話は、幾らでも交わす機会があった。多人数に埋没してとはいうものの、放課後に二時間、それも毎日。そこらの社会人カップルよりも、その頻度は高い筈。
 ならば、貴重な二人きりの短い時間をどう過ごせば良いか。それは自明の理というものだろう。
 
 こんな状況で、セックス以外にするべき事があると言うのなら、教えて欲しいものだ。
 自嘲気味に朗は口のを吊り上げた。
 
 もっとも、彼女と会う頻度、肌を合わせる頻度が上がるにつれ、短絡的に快楽のみを欲する気持ちは随分減じてきたように思えた。
 余裕が出来たという事なのだろう。
 現に、今も、気持ちこそ昂ぶってはいるが、身体はそこまで切羽詰っていない。
 
 ……いや、まだまだそういう境地には到達出来ていないようだ。
 化学室の扉が静かに開いていく様子を目にした瞬間、熱い塊が身体の奥底から沸きあがってくるのを、朗ははっきりと自覚した。
 
 
「あれ?」
 いつも「待ち合わせ」は準備室だったからだろう、志紀はびっくりまなこで戸口に立ち尽くしていた。ややあって慌てて廊下を振り返り、誰もいないのを確認してから、勢いよく、だが音は立てずに、部屋の中に滑り込んでくる。
 まだ怪訝そうな表情をしている志紀に、朗は化学室の窓を覆い尽くしている暗幕を指し示した。
「必要も無いのに、わざわざあの狭い部屋に篭る事はないだろう?」
 朗の視線を受けた志紀は、微かに頬を赤くして狼狽しているようだった。どうやら、彼女の心の準備はまだ完了していなかったらしい。
「呼び出し」に応えて準備室の扉を押し開ける時の、あの、どこか思いつめたような緊張したような表情とは違う、普段どおりの彼女の様子に、朗は心の中で独りほくそ笑んだ。
「鍵。忘れてる」
「ああああっ、すみませんっ」
 志紀が、態度の端々に動揺を窺わせながら鍵をかけ終わる。それから、おずおずと朗が腰掛けている実験机の傍まで歩みを進めてきた。肩にかけていた鞄を、机に置く。
 朗が机から床に降り立つ。
 二人は、どちらからともなく、その辺りに無造作に置かれている二つの丸椅子に、並んで腰掛けた。
 
 
「今日は楽しかったな」
「結局、他はほとんど見てまわれませんでしたけど」
「いいんだよ。君とゆっくり話せたからね」
 その言葉を聞いた志紀は、ぱあっ、と表情を明るくさせた。
 朗の胸の奥が、かっ、と熱を帯びる。
 
 笑う彼女はとても魅力的だ。
 だが、もっと魅力的な姿を私は知っている。
 
 朗は、自分の左側に座る志紀と真っ向から視線を合わせて、低く囁いた。
「そんなに意外だったかい?」
「え? いや、意外って、別に……」
「今、驚いていただろう?」
 志紀の視線が、素早く辺りを一巡する。それから彼女は朗の方を向いた。
 成る程、何か、本心とは違う言い訳を思いついたのだな。朗は口角を上げながら、志紀の言葉を待つ。
「だって、先生、凄くいつも通りで、特に楽しそうにしているようには見えなかったから」
「そんな事はないさ。それとも……私が、君の身体にしか興味が無い色情狂だと思っていたかね?」
 志紀の動きが止まった。
 ごくり、と喉を鳴らしてから、彼女は静かに口を開く。
「……いいえ。そんな事はないです」
「少しは、思っていた。そうだろう?」
「……いえ、流石に、そこまでは……、その……」
 俯きがちに言いよどむ志紀に、朗の目が細められた。
 
 自分の仕草や表情が、異性にどのような効果をもたらすのか、彼女は全然解っていないのだろう。それは、積極的に媚を売られるよりも、ずっと、支配欲をかき立てる。
 
 色欲魔、大いに結構。確かに、そう称されても仕方の無い部分は、多分にある。
 朗は半ば開き直りながら、志紀の髪に左手を伸ばした。そのまま、くしけずるようにして、指を滑らせる。
 彼女の全てを自分の物にしたいと思うのは、不自然な感情ではない筈だ。そこから派生して、彼女を抱く、抱きたいと思う、ただそれだけの事。
 肉欲もあるだろうが、それだけではない。何故ならば、観測不能で不確かな「心」よりも、「肉体」はより確実に手に入れる事が出来、また、手にした事が解り易いからだ。
 
 色狂いの称号でも何でも、喜んで冠するさ。
 だが、君にも「ここ」まで堕ちて来てもらおう。
 
「せっかくの二人きりだ。時間を有意義に使いたく思うのは、当然だろう?」
 朗の右手が志紀の顎を掬い上げる。
 静かな化学室、二人の唇がそっと重なった。
 
 
 
 そんなに自分は迂闊なのだろうか。
 朗に胸中を次々と言い当てられながら、志紀はそう考えていた。
 そう言えば、理奈や嶺が自分の事を「解り易い奴」だと評しているのを聞いた事がある。それにしても……
 
 ――観察の賜物だと言ってくれ――
 あれはいつの事だったか。
 まだ、二人が先生と生徒という単純な関係だった頃の記憶。あまりにも的確に心を読まれ、驚いた私に、先生はそう言って微笑んでいた。
 
 観察。
 ……見ていた。
 …………見ている。
 眼鏡の奥の、あの瞳が、見ている。今も。
 
 視界一杯に広がる、チタンフレーム。顎を掬い上げる指が熱い。
 唇が柔らかく塞がれた。
 志紀の身体の奥に、一瞬にして火が入った。
 
 
 
 長いキスが交わされる。
 最初は一方的に男が貪るだけのキスだった。だが、それを受け止める女の動きも、次第に激しくなっていく。顔の向きを何度も変えながら、より深く口腔を犯そうとする朗に合わせて、志紀も自ら唇を押し付け始めた。
 繋がった二人の唇の中を艶かしい肉塊が出入りする。どちらのものとも判別のつかない二つの紅色が、お互い絡まりあいながら水音を立てていた。
 
 ほんの僅か与えられた猶予に志紀が漏らした声は途方も無く甘く、朗はそれだけでおのれを見失ってしまいそうだった。
 もう一度唇を重ね、今度はついばむように志紀の唇をむ。上唇、下唇、交互に、何度も。その動きにつられたのか、志紀の唇の隙間から舌がちろりと顔を覗かせた。
 上気した頬と、熱の篭った瞳、半開きの唇から覗く、鮮やかな色。朗の下半身に、どんどんと熱が集中していく。
「物凄くいやらしい顔をしているね」
「……え……?」
「物欲しそうな顔、だ」
「……」
 志紀が首筋まで顔を真っ赤にさせて、下を向いた。
 
 彼女との情事も、今日で七回目になる。最初のうちは、ただひたすら翻弄されるがままだった志紀のその様子が、少しずつ変化し始めていることに朗は気付いていた。
 口付けに応える素振り。
 朗の手に絡みつく細い指。
 背中にまわされた腕に力が込められるのは、快感に抗うためだけではないだろう。
 そして遂には愛撫の果て、官能に我を見失い、腰をくねらせて喘ぐ姿さえ見せてくれた。
 
「どうして欲しい?」
 朗の囁きに、志紀が大きく息を呑む気配がした。続いて、生唾を嚥下する音。
「今日は、君の望むようにしてあげよう。だから、どうして欲しいのか言いなさい」
 そう言いつつも、朗は主導権を放棄するつもりはなかった。志紀の後頭部を左手で鷲掴み、もう一度口づけて強引に舌を絡ませる。
 強く吸っては、放し、何度も何度も口の中を犯していく。志紀の口の端からは雫が溢れんばかりだ。
 やがて、がくん、と志紀の身体から力が抜けた。
 二人の唇を繋ぐ光る糸とともに、志紀の理性が、…………ぷつりと切れた。
 
 
 
「何をすれば良いかな?」
 好色そうな色を浮かべる朗の瞳に、志紀は完全に魅入られてしまっていた。
 何をしてもらいたいのか。そんな事、決まりきっている。
 でも、その一言をどうしても言葉にすることが出来ない。
「黙っていては、判らないよ?」
 志紀は、もう一度唾を飲み込んだ。それから、震える手で朗の右手を掴む。
 ゆっくりと、だが確実に、志紀はその手を自分の胸元へと引っ張っていった。
「…………触って、ほしい」
「了解」
 朗は、悪戯っぽく笑うと、ブラウスの上からそっとふくらみに手を当てた。そのまま、掌の熱を伝えようというかのように、優しく胸を包み込む。
「……触ったよ?」
「!」
 そういう事なのか。
 志紀は泣きそうになった。
 どうやら朗は、今日はとことん自分に恥ずかしい思いをさせようと考えているらしい。
 胸を触って、の一言ですら、相当の勇気が必要だったというのに、彼は更なる恥辱を志紀に求めているのだ。
 胸を優しく揉んで欲しいのなら、そう言え、と。
 先端を軽く撫でて欲しいのなら、そう要求しろ、と。
 いや、それ以上にもっと事細かな説明を、彼は欲しているのかもしれない。
 ブラウスを、ブラを脱がして、露になった素肌に指を這わせ、胸の突起をくにくにとこね回し、転がし、震わせ、舐り、それから……。
 
 無理だ。絶対、無理。そんなこと絶対に言えるわけない!
 志紀は朗の腕の中で、激しく身を捩った。
「は、放してください、先生」
「それは出来ないな」
「そんな……」
「なぜなら、それは君の本心じゃないからだ」
 躊躇いを微塵も含まないその声に、志紀は抵抗を忘れて朗の顔を見た。
 また、口の中に唾が溢れてくる。
「ここを、触って欲しかったのだろう?」
 左腕でしっかりと志紀の肩を抱き、朗は改めて右手を志紀の胸に伸ばしてきた。
 生唾を飲み込む音が、言葉よりも雄弁に志紀の心を表している。
 誤魔化せない。
 誤魔化しようが、無い。
 志紀は、そっと両目を閉じた。
 
 
 
 あまり苛め過ぎても、逆効果になるな。
 朗は自嘲の笑みをおもてに出さないように注意しながら、志紀を抱きしめる腕に力を込めた。
 もっとも、安っぽいアダルトビデオのように卑猥な台詞を連呼されても、ある意味興ざめではある。我ながら贅沢な要求をしている、と彼は口の中で小さく笑った。
「服の上からがいいかい? それとも、直接?」
 そっと胸のふくらみを優しく撫でながら耳元に囁くと、志紀は覿面に身体を震わせた。
「どちらがいい?」
「…………直接、が、いい」
「素直でよろしい」
 朗は、からかうような口調とともに、志紀の右耳をぺろりと舐めた。
「ぅひゃっ」
 華奢な身体が自分の腕の中で跳ね上がるのが面白くて、朗はさらに耳を攻めた。舌先を細く窄めて耳朶をなぞれば、びくんびくんと志紀が身体を波打たせる。安定感に乏しい丸椅子もまた、動きに合わせて小さく跳ねていた。
 そうこうしている間に、朗は彼女のブラウスのボタンを全て外し終わった。タイの処遇に少しだけ悩んだが、結局素直にそれもほどいて、キャミソールの裾をスカートから引っ張り出す。
 ブラの隙間から指を差し入れ揉みしだいた胸は、既に先端が微かに隆起し始めていた。
「おまちどおさま」
 固くなった突起を掌で撫でるだけで、志紀の反応が一気に激しくなる。
 愛撫を続けながら、朗は志紀の肩にまわしていた左手を軽く引いて、彼女の身体を少し左に向かせた。それから自分も身体を回し、彼女の背後をとる体勢をとった。
 右手を彼女の右胸に、左手を左胸にシフトさせ、そのまま一気にブラを引き下げる。
「ひゃっ!」
「直接がいい、と言っただろう?」
 彼女の肩越しに、ピンク色の乳首がつん、と上を向いているのが見えた。触られる事を、甚振られる事を期待しているようにしか思えないフォルムに、朗の喉が大きく鳴る。
「さて、どのように触ろうか。……こうかな?」
 両胸をそっと掬い上げ、やわやわと揉み始める。
「それとも、こうか」
 時折掌を滑らせて、勃ち上がった先端を撫で擦る。
 志紀が上体をくねらせ始めた。どんどんと呼吸を荒くさせる彼女の様子に、朗は満足そうに口のを引き上げ、今度は指先を使って胸の先だけを攻めた。
「それとも、こういうのが良いか?」
 悩ましげな喘ぎ声が志紀の喉から発せられる。快感に耐えかね、必死で頭を横に振る彼女の仕草は、まるでこの行為を嫌がっているかのようで、それを見る朗の心からは、一種倒錯した悦びが次々と溢れ出し始めていた。
 
 犯してやる。
 そう心の中で呟くだけで、爆発的な熱量が身体の中に湧き起こる。
 正直なところ、志紀と関係を持つまでは、自分がこんなに嗜虐的な人間だとは思っていなかった。
 
「さて。どれが良い?」
 いつしか、もじもじと両腿を擦り合わせるようにして、志紀は椅子の上で腰をうねらせていた。なんともいやらしい動きだが、おそらく彼女はその事実に気が付いていない。
「これか?」
 先端を震わせていた指を止め、再び乳房全体を揉む。
 嬌声が止み、志紀が大きく息をつく。
 数秒ののち、治まりきらない荒い息の下で、彼女は小さく首を横に振った。
 
 朗の内部の圧力が、いや増す。
 志紀、君は、……最高だ。
 
「じゃ、これか?」
 掌で、優しく先端を撫で回す。
 再び悶え始めた志紀には、もう欠片も余裕は残されていないように見えた。首を振る仕草に意味があるのかどうなのか、到底判別出来そうも無い。
「これが良いのか?」
 だが、諦めきれずに朗は耳元でなおも囁いた。
「それとも、これか?」
 固くしこった突起を指で摘んだ瞬間、志紀が頷いた。
 歓喜のうねりが、朗の胸に押し寄せてきた。
 
「……解ったよ」
 弾け跳びそうな理性を握り締めるべく、朗は言葉を紡ぎ出し続ける。
「君は、こうやって触られたかったんだね」
 何度も、何度も、唾が朗の口の中に溢れてくる。
「服を肌蹴させられて、直接胸を揉まれて……」
「そん……な、ちが……っ」
「固くなった乳首を、指で摘まれて……」
「や……、だ……っ」
「そんなに、気持ち良い?」
 志紀の動きが、更に大きくなってきた。椅子の上で腰で円をえがくようにして、悶え苦しんでいる。
 朗は思わず低い笑いを漏らした。
「……どこか、もう一つ触って欲しい場所があるみたいだね」
「んっ……、ううん……っ」
「言えるかな?」
「…………っ」
 声にならない声を上げて、志紀が必死で首を横に振る。
 
 仕方が無い。これ以上は無理だろう。
 それに……、こちらももうそろそろ我慢の限界だ。
 
「……ここ、かな?」
 スカートの中に潜り込ませた朗の右手が、しどどに濡れた布に触れた。脱がす手間が惜しくて、朗はスパッツの上から志紀の花園を探る。
 微かな山と、微かな谷間。その中ほどに小さく盛り上がっている部分を狙って、朗は指を何度も擦りつけた。
 朗は両腕に力を込めて、悶える彼女を押さえ込む。そうして、背後からただひたすら志紀を嬲り続けた。
 遂に、志紀が大きくはぜた。ふき出した汗にまみれながら、限界まで身体を仰け反らせて、全身を小刻みに何度も震わせる。
 それから、彼女はぐったりと朗の腕の中に身を沈ませた。
 
 
 絶頂ののち、完全に身体を弛緩させる志紀を胸に抱えながら、朗は丸椅子の位置を正した。傍らの実験机に背もたれ、これからの行為でバランスを崩して椅子ごと転倒する事のないように、慎重に座り直す。
 その拍子に、志紀の身体が朗の腕から滑り落ちた。慌てる朗の身体に取り縋るようにして、彼女は床に膝をついた。
 丸椅子に座る朗の足の間、朗の腰に両腕を回して、志紀が床にへたりこんでいる。
 まだ身体を犯し続ける快感の余韻に瞳を潤ませて、彼女は顔を上げた。薔薇色に上気する頬のすぐ横には、朗のスラックスの不自然なふくらみがある。その、あまりに際どい位置関係に、朗の胸は限界まで高鳴った。
 
 ……させてみるか。
 
 いや、まだ早過ぎる。
 それに、商売女相手ならともかく、実際のところ朗はこれまで恋人に口淫を強要させた事はなかった。
 大体、いくらなんでも、志紀にはまだあまりにも荷が克ち過ぎるだろう。
 
 朗は、スラックスのポケットから避妊具の包みを取り出した。もう片方の手で自分の腰に絡まる志紀の手をほどく。
 もったいぶるような手つきで、朗は小さな包みを志紀の手に乗せた。
「……え……?」
「つけてみるかい?」
 
 ベルトを外す音が化学室中に響き渡る。
 床に座り込み、呆然とおのれの掌を見つめる志紀のすぐ前、朗のスラックスのファスナーが引き下ろされた。