志紀は、瞬きも忘れて掌の上の正方形の薄っぺらい包みを見つめていた。
話には聞いていた……というよりも、もう何度もお世話になっている筈のものだったが、まじまじと見たのはこれが初めてだった。
こういう風にパッキングされていたのか。なんだか、輪ゴムが入っているみたいだ。
「つけてくれないか」
朗は少し腰を浮かせて、スラックスの前を肌蹴させた。志紀の目の前で、生地に圧迫されていたふくらみが更にかさを増し、トランクスを持ち上げる。
そうだ、初めて見る、と言うならば「これ」も同様だ。
この布の下にあるもの。これが……、これが先生の…………。
志紀は生唾を飲み込んだ。掌の包みが、やけに重たく感じられる。
「つ……ける、んですか?」
「つけないわけには、いかないだろう?」
「……いえ、その……、私、が?」
「ああ」
志紀は、そこで初めて顔を上げた。自分を見下ろす細められた瞳が、眼鏡の奥で微かに笑っているように見える。
金縛りにあったかのように、志紀は動けない。
「見るのは、初めてかい?」
朗の手が志紀の頭をそっと撫でた。熱い掌が癖の無い髪を梳 り、そのまま首筋へと流れ、それから指先だけで志紀の顎のラインをゆっくりとなぞった。
「恥ずかしがる事はない。これまで散々君も味わっただろう?」
味わった。
そうだ、これが……、燃えるような熱さと、息苦しいほどの圧迫感と、そして狂おしいほどの切なさをもたらす、モノ。
まだ身体の中でくすぶり続けている快感が、志紀の理性を歪ませる。
「……志紀、つけてくれないか」
朗がもう一度ゆっくりとその言葉を繰り返した。
先生が望んでいる。
私に、そうして欲しいと願っている。
志紀は、包みを摘む指に力を込めた。
封が、切られていく。
応えてあげたい。
失職のリスクを犯してまで、私を求めてくれているのだから。
いつだって、ただ与えられるばかりな、不甲斐ない私だから。
そう、いつも先生は、自分の事を後回しにしていて、私ばかりが気持ち良い思いをしているじゃない…………。
朗がトランクスをずらすと、それは勢い良く跳ね上がるようにして勃ち上がった。避妊具を手にした志紀が、大きく息を呑む。
初めて目の当たりにする男性器は、禍々しさすら感じさせる肉の杭であった。およそ自分とは同じ生き物とは思えない、その形状と色艶に、志紀は視線を外す事も出来ずに、ただただ硬直している。
ごくり、と鳴ったのは、誰の喉だったのだろうか。そそり立つ剛直が微かに震え、粘膜を思わせる色合いの先端部分から、露がひとしずく滲み出してきた。
「志紀、それを、上に被せてごらん」
催眠術にかかったかのように、ぎこちない動きで志紀は朗自身に手を伸ばした。裏表を教わりながら、おずおずとゴムを乗せる。
「押さえるようにして、根元まで縁を伸ばして」
朗の膝の間で志紀が身じろいだ。だが、彼女が恥らうようにして目を伏せたのは、ほんの一呼吸の間でしかなかった。
静かに顔を上げた志紀は、情欲に濡れた視線を、眼前で屹立する杭に絡ませた。
細い指が、幹に触れた。
硬い……そして、熱い。その感触を確かめるかのように、志紀はそっと左手を肉の剣に添える。
びくん、と朗自身が歓喜に震えた。
おそるおそる伸ばされた指先が、先端から扱くようにして薄い膜を貼り付けていく。
「……そうだ。そのまま、下へ……」
張り出した部分を包み込もうとして、志紀の左手にも力が入った。ぎゅ、と握られ、朗の口から吐息が漏れた。
おぼつかない手つきで難渋しながら指を動かす志紀の様子を見るうちに、朗の胸に熱いものがこみ上げて来た。
直截的な性欲とは少し異なる感情のうねりに、朗は戸惑った。戸惑いながらも、朗の心はその感覚を懐かしく思っていた。
それは遠い記憶の中に埋 もれるようにして幽かに存在した。打算も無く、拗ねる事も無く、ただ純粋に求め、与えようとした、あの頃の情景の中に。
時の流れすら超越して存在する、古めかしいこの学び舎。かつての自分の姿が唐突に脳裏に浮かび上がってきた。そこに、ふと、志紀の幼馴染であるあの男生徒の姿が重ねられる。
いつか、彼もまた自分のように「大人」になってしまうのだろうか。多くの物を手に入れ、そして多くの物を失って。
朗が、そっと志紀の髪を梳 く。
ああ、そうか。こんなにも心というものは、動くものだったのだ。
流されまいとして、どんなに杭を打ち込もうと、地に縫い止める事など出来はしないのだ。
朗は、むしょうに志紀を抱きしめたく思った。この胸に彼女をかき抱 き、そのままおのれの中に取り込んでしまいたい、そんな想いが朗の中に湧き起こる。
胸中を満たした熱が、喉元までせり上がってくる。それを言葉にしようと朗が口を開いたその時、志紀が顔を上げた。
「……これで、良いですか?」
熱にうかされているような潤んだ瞳が、朗の心臓を鷲掴みにする。
桜色に上気した頬、紅く濡れた唇、そして、そのすぐ傍に屹立するおのれ自身。えらも、括 れも、皺も、血管も、ぴっちりとゴムに包まれた事によって余計に生々しさが際立ってしまっている。
急激に速度を増して膨張する欲情に、朗は全てを忘れた。
「脱いで」
ガランとした化学室に朗の声が響く。志紀はふらりと立ち上がった。
脱いだスパッツと下着を傍らの椅子の上に置き、志紀は身を起こした。
すっかり前が肌蹴てしまったブラウスと、胸元まで捲り上げられた黒のキャミソール。引き下げられたブラから形の良い胸が惜しげもなくこぼれている。
「おいで」
そう言った朗の声は、微かに上ずっていた。近づく志紀の手を取り、引き寄せる。
「跨いで」
言われるがままに、志紀は朗の膝を跨ぐ。うっとりと夢見るようなその表情が、彼女の昂ぶりを余すところなく喧伝していた。
「自分で……座ってごらん」
ゆっくりと腰を落とす彼女の秘裂に、朗はおのれ自身をそっとあてがった。
「……ん…………」
逞しいモノが入り込もうとする圧迫感に、志紀は眉を寄せた。意識が少しだけ覚醒する。
先生の膝……いや、腿を跨ぐ自分。
満足そうに笑う先生の顔。
そのすぐ前には、剥き出しの自分の胸。
あまりに卑猥な構図に、志紀は息を呑んだ。その気配を感じ取ったのか、朗が顔を上げる。
二人の視線が絡まりあった次の瞬間、朗は上体だけを志紀に寄せて、露になっている胸の頂 に唇を這わせた。
電撃のような快感が、志紀の脳天を貫く。
突然与えられた強すぎる刺激に、志紀が思わず身じろいだ。それを許さないとばかりに、朗の手が志紀の腰を掴み、そのまま力任せにおのれの腰に引き寄せる。
灰緑色のスカートが、ふわり、と舞う。
硬いものが容赦なく志紀の内部 へとめり込んでいった。
満たされる。
痺れるような快感とは別に、言葉に出来ない感慨が志紀の胸を打つ。
それは、パズルの最後のピースを嵌め込む時の気持ちに似ていた。欠けていた欠片が、欠けていた部分に、ことん、と嵌った時の、あの充実感。
自分の中で、朗が震えるのがわかった。
思わず上げてしまった自分の声に喜びの色を聞き分けて、志紀は顔を真っ赤にさせた。
はしたない、という気持ちと、快楽を求める気持ちとが、彼女の中でせめぎあっている。しかし、軍配がどちらに上がるかなど、改めて考えるまでもない。
「どうだ?」
くいっ、と朗が腰をひねる。奥の奥まで震わされて、堪 らずに志紀は大きく仰け反った。バランスを崩しかけた志紀の両手を、すかさず朗が掴む。
「さっきのアレが、今、君の中に入っているんだよ」
朗の声に、志紀の体温が更に上昇する。背筋をぞわぞわと這い上がる快感をどうする事も出来ず、彼女はただひたすら身を捩ろうとした。だが、その動きはまるで、更なる刺激を求めているようにも見える。
朗の腕に力が込められた。握られた両手首が、熱い。
自由を奪われてしまった事によって、志紀の心はますます煽られていく。彼女の内部から熱い雫が次々に溢れ出してきた。
「ほら、ここだ」
朗の右手が、志紀の左手首を掴んだまま結合部へ誘導する。「触ってごらん」
指先を掠めたのは、濡れた感触だった。志紀は反射的に手首を反らして避けようとする。
朗が、ふ、と笑ったのが聞こえた。
「貫かれているのが、わかるかい?」
先生のモノが、私のナカに。
そうして、……繋がっているのだ。深く、深く……。
「や、だ……っ」
「嫌? ……君の内部 は、喜んでいるみたいだよ?」
朗がまた腰を捻り、志紀は大きく喘いで朗の方へと倒れ込んだ。彼の肩口に頭をもたれかけさせて、辛うじて身を支える。
強く握られていた両手首のうち、左手が解放された。ほっとする間もなく、朗が空いた右手で志紀の乳房を撫で始めた。
硬く盛り上がった先端をいじられる度に、志紀の中を鮮烈な痺れが走り抜ける。どんどんと熱を増す下腹部の内部、突き刺さる肉の杭がもどかしいほどだ。
「どうした? 辛そうだね」
「や……あ……」
「動いてあげようか?」
「う……、や……」
「物足りないだろう?」
「ん……っ、あ……っ」
眉間に皺を寄せ、志紀は必死で喘ぎ悶える。
身体の芯が、熱い。
溶けてしまいそうだ。
小さく舌打ちする音が聞こえて、それから志紀の身体は大きく突き上げられた。
最奥を穿たれた衝撃が、少し遅れて快感に変わる。
朗の腿に着地する間もなく、また大きく揺さぶられた。身体が後ろに傾き、一番弱いところを亀頭が抉 る。
右手を引かれ、また志紀の身体が朗にもたれかかる。今度はその状態での突き上げだ。全身を駆け巡る甘い痺れに犯されながら、志紀はまた仰け反った。
「そうだ、自分でイイところを探してごらん」
何度も何度も、朗の腰が上下する。卑猥な水音と身体のぶつかり合う音。
自分が自分じゃなくなってしまうような感覚……、いや、これが本当の自分なのかもしれない。志紀は急に心細くなって、唯一自由な左手で宙をかいた。そうして、手探りで朗の身体にしがみつく。
「…………せんせい……」
その後は、もう言葉にはならなかった。
曖昧さを増し続ける意識の中、志紀は、背中にまわされた朗の腕が、強く自分を引き寄せるのを微かに感じていた。
アパートの自室へと帰り着いた朗は、いつになく上機嫌で鞄を下ろした。途中のコンビニで買ってきた弁当の包みを取り出して、食卓に置く。
文化祭の準備に追われるあまり、昨夜は帰ることが出来なかった。準備室の寸足らずな長椅子での仮眠は、到底満足出来るものではなく、朗は大きな欠伸を連発しながら、食事の用意を始めた。
今夜は良く眠れそうだ。熱い風呂に入って、ベッドで手足を伸ばして。
それに……、激しい「運動」もした事だしな。
晩酌用に買ってきた缶ビールを出し忘れていた事に気が付いて、朗は足元の鞄の中を覗き込んだ。だが、お目当ての物はどうやら鞄の底の方に潜ってしまっているらしく、朗の目に真っ先に飛び込んできたのは、センセーショナルなタイトルを冠した件 の本だった。
彼に感謝すべきなのかもしれない。
あの存在が無ければ、自分があのような暴挙に出る事はなかっただろう。ならば、今日のように志紀を抱く事も、叶わなかった筈だ。
朗は、そっと両目を閉じた。
< 続く >