The one who treads through the void

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CONTRADICTING BLOCKS 第五話 隧道

 
 
 
 目の前で小刻みに震える志紀の、うなじから耳へと舌でねっとりとなぞりながら、朗は独り心の奥で呟いていた。
 
 彼女は、どこまで私の要求に応えるつもりなのだろうか。
 
 陸の告白と嶺の言葉に揺さぶられ、打ちのめされ、衝動のままに志紀を抱いたあの日。あの時の行為を冷静に後から分析するならば、自分はおのれの所有権を確認しようとでもしていたのだろう。
 彼女は私のものだ、と。だから私の自由にするのだ、と。
 
 いいや。単にお前は八つ当たりをしていたに過ぎない。
 
 そう囁く幽かな声が、朗の昂ぶりに水をさす。
 不快そうに眉を一瞬だけ顰めてから、彼は頭を軽く振った。小さく息を吐いて、おのれの指先に意識を戻す。
 少し力を入れてふくらみの頂点を探れば、指の腹に微かなしこりが感じられた。きっとブラの中では、桜色の先端が痛々しいまでに勃ちあがっている事だろう。
 朗の指が胸を震わせる度に、志紀の喉からは押さえきれない喘ぎ声が漏れた。息を荒くして身体をくねらせながら、時折上体を仰け反らせ、また時折いやいやをするように首を振っては必死で快感に耐えている。
「気持ちいいかい?」
 朗の指の動きに合わせて、志紀の腰が小さく波打つ。突き出された臀部が、男を誘うようにゆらゆらと揺れ始めた。
 流石にまだ理性が勝っているのだろう、志紀は自らの淫らな動きに気が付いた様子で、慌てて体勢を立て直そうとする。本棚を掴む志紀の指先が、力が込められるあまりに血の気を失っていた。
「強情だね、君は。楽にすれば良いのに」
「……っ」
「それとも、まだ足りないのかな?」
 白々しくもそう囁いて、ブラウスの上から両胸の先端を爪で弾くようにして小刻みに震わせば、志紀の反応は一気に激しくなった。息も絶え絶えに、全身を波打たせてよがり始める。
 目前で震える白いうなじに小さな汗の玉が浮かび上がってくるのを、朗は満足そうな笑みを湛えながらじっと見つめていた。
 
 
 
 三週間前の強引な情事。それは非常に後味の悪いものだった。
 だが、翌日からの志紀の態度は何も変わらなかった。
 何事も無かったかのように。
 本当に何も起こらなかったかのように、志紀の様子は前日までと何ら変わる事なく、普段どおりに授業を受け、普段どおりに部活に現れ、そして普段どおりに朗に対して話しかけてきた。
 
 朗は安心するよりも、酷く収まりの悪い心地を感じていた。
 その不快感が一体どういう感情に基づくものなのか、朗は考える事を放棄した。深く考察すればするだけ、不愉快な結論に到達するような予感があったからだ。
 とにもかくにも、志紀の自己統制は完璧だった。告白が叶わなかった陸の様子も、それまでと何も変わるところはなかったし、嶺に至っては、おのれの想いを立ち聞きされたなどとは夢にも思っていなかった事だろう。前日までと変わらぬ日常を送る生徒達を前に、朗は自分が独りきりで路傍に取り残されたような思いにさいなまれていた。
 
 もやもやとした何かを持て余しながら、一週間が過ぎた。
 そして性懲りもなく、朗は志紀を放課後の化学準備室に呼び出した。
 
 自分に向けられる、真っ直ぐな彼女の瞳。そのあまりにも真摯な眼差しを、朗は直視する事が出来なかった。
 どうせ、そこには自分の姿は映ってはいまい、と。
 視線を逸らせた朗の胸中を、ただひたすら、どす黒い炎が焦がしていった。
 
 
 
「あ……っ、だ、め、……っ」
「だめ? イイ、の間違いだろう?」
 含み笑いを志紀の耳たぶにすり込めば、彼女は電流に打たれたように背筋を痙攣させる。
 静かな化学準備室に、志紀の掴む棚板が震える音が響き渡る。
 
 先々週は、自分から脱がせた。
 先週は鏡の前で。
 
 恥じらい、躊躇う志紀を、言葉と愛撫で追いつめ、思うままに操る。その行為は、筆舌尽くしがたいほどの喜びを朗にもたらした。
 思いつめた表情の彼女が、遂には震える指でブラウスのボタンを外し始める。
 細長い姿見に映る彼女が、泣きそうな顔で必死に視線を合わせてくる。
「自分で服を脱ぐんだ」
「顔を上げなさい」
 その一言一言が志紀を朗というくびきで縛り付けていくのだ。
 
 だが、興奮沸き立つおのが胸の奥、酷く醒めた部分がある事に朗は気付いていた。
 それは、容赦なく朗に現実を突き付ける。所詮、束の間だけの関係なのだ、と。その証拠に、いつだって彼女は、逢瀬の翌日には元居たポジションへと戻ってしまうではないか。
 どんなに引きずり下ろそうとしても、彼女は決して朗の立つレベルまで降りては来ない。
 堕ちて来やしない。
 
 それでも志紀が朗を拒まないのは、一体どういう事なのだろうか。
 
 答えの出ない、いや、答えを出す気の無い問いをもう一度胸のうちで繰り返し、朗は口元に苦笑を刻んだ。
 これでは、まるで親の愛を確認したくて悪戯を繰り返す幼児と同じだ。気持ちを入れ替えるべく、朗は小さく頭を振った。
 
 ブラウスの前を全開にし、裾をスカートから引っ張り出す。フリーになった空間に手を差し入れ、ブラのホックを外す。
 そうやって手に入れた素肌は、すっかり汗ばんでいた。朗の掌に、濡れた肌理がしっとりとなじむ。背後から志紀に覆い被さるようにして両胸を鷲掴みにすると、予想通りに硬くしこった手触りが頂に感じられた。
 そのまま、そっと掬い上げては解放する。柔らかなふくらみを優しく揉みしだきながら、朗は、そっと指の隙間で乳首を挟み込んだ。
 志紀の身体が大きく仰け反る。
 途方もなく甘い声が、志紀の喉から溢れ出した。その様子に朗は満足そうに鼻で笑うと、志紀の胸の頂点を摘んだ。
「ああっ……!」
「静かに」
 氷のような朗の叱責に、志紀は大きく息を呑んだ。声を押し殺すべく歯を食いしばる気配に、朗の内部を言い知れぬ喜びが満たしていく。
「気持ち良さそうだね」
 くにくにと先端を転がされ、志紀はひたすらに悶え続ける。びりびりと電流にも似た官能が、胸を起点に志紀の身体中を蝕み、そうして、徐々に、彼女から理性を毟り取っていく……。
 
 赤みを増した唇を震わせる荒い息。絶え間なく漏れる声には、か細い中にもくっきりと歓喜の色が見てとれる。快感のあまりに何度も崩れ落ちそうになりながらも、志紀は必死で本棚にとりすがり、全身を震わせて朗の愛撫に感じ入っていた。
 そして、遂に耐えきれなくなったのだろう。後ろへ突き出した腰を揺らしながら、志紀は両膝を擦り合わせるような動きを見せ始めた。
「腰を振って、おねだりかい?」
「…………っ!」
 切なげに眉を顰めた志紀が、肩越しに朗を振り返った。
 淫虐な笑みを口元に刻み、せわしなく志紀を責め立てていた朗の動きが、止まった。
 
 
 志紀の鳶色の瞳が、真っ直ぐに朗の胸を射抜いていた。長い睫毛から今にも溢れ出しそうな涙が、朗の目に大写しになる。
 
 壊される。
 
 その刹那に朗の内部に湧き起こったのは、本能的な恐怖だった。
 大雪原の只中に、ただ独り裸身で放り出されたかのような、孤独感でもあった。
 
 
 肩口を掴まれ、力任せに本棚に押し付けられた志紀が、搾り出すような声で呻く。だが、痛みを訴える小さな声は、朗の耳には届かない。
 頭の中に、紅い霧がかかっているようだった。
 茫然自失となりながらも、朗の中の一部分は志紀を嬲る事を忘れてはいなかった。身体全体で彼女の背中を押さえ込み、スカートの中へと手を差し入れる。スパッツを、下着を引き下ろす。
 遂に、朗の指が、滴るほどに濡れそぼる秘裂に入り込んだ。
 志紀の内部なかはとろけるほどに熱く、蜜を滴らせながらいやらしくうねっている。その感触が、朗の精神を肉体へと引き戻した。朗を絡め取っていた何かが、志紀の嬌声によって吹き飛ばされていく……。
 
 自分は一体何をしているのだ。
 青臭いガキじゃあるまいし、我を見失っている場合ではない。
 
 朗は密かに深呼吸すると、中指をさらに深く埋め込んでいった。
「びしょ濡れだ」
 朗の言葉を聞いた途端に、志紀の身体に力が入る。卑猥な水音を立てながら、媚肉が朗の指を咥え込んでいく。
 艶かしく蠢く肉襞をぐるりと指でなぞれば、ある一点で志紀の背筋が限界にまで伸びきった。
「本当に……、君はここが弱いな」
 中指を深く差し入れたまま、親指があたりを探る。ぬめぬめとした粘液を指に絡めながら、小さな突起をそっと撫でた。
「そして、ここもだ」
 指でかきまわしつつもゆっくりと抜き差しする動きと、指の腹を擦り付けるような動き。それらを次第に早めると同時に、空いた右手で志紀の胸を愛撫する。本棚にしがみ付いている志紀の身体が、一定のリズムを刻み始めた。
「……高まってきたね」
 立ちのぼる、女の香り。
 朗の口元が喜悦に歪んだ。
「思う存分、イかせてあげるよ」
 
 痙攣するようにして、志紀の全身が強く突っ張った。きゅう、と朗の中指が締め付けられるのと同時に、更に溢れ出した愛液が手の甲を伝い床に落ちる。
 絶頂の叫びを必死で押し殺す志紀のまなじりから、一筋の涙が零れ落ちた。
 眩いばかりに煌く雫を、朗は酷く冷静な瞳で見つめ続けていた。