The one who treads through the void

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CONTRADICTING BLOCKS 第五話 隧道

 
 
 
 朗の視線の先で揺れる、癖の無い黒髪。
 絶え間ない喘ぎ声をバックに、容赦ない抽迭に合わせて、さらり、さらりと涼しげに揺れている風景は、ある意味幻想的ですらある。
 
 背後から問答無用に襲い掛かるスタイルは、以前から朗の好むところだ。これまで明確に自覚していなかったというだけで、自分はそもそも嗜虐的な人間だったのだろう。
 志紀の最奥を穿ちながら、朗は意識をおのれの内部へと向ける。それは、逆巻く濁流に呑み込まれまいとする咄嗟の措置だったのかもしれない。
 
 学生時代、特に学部四回生の時に付き合っていた相手とは、溢れる情熱と好奇心から、随分と無茶もしたものだった。だが、そんな彼女との関係も、院試と論文に忙殺された結果、自然消滅。その後、数人と関係を持つに至ったが、研究を優先させた結果、誰とも長続きする事はなく、必要以上に自分をさらけ出す機会のないままに、気ままな学生生活は終わりを迎えたのだった。
 社会人となってからは、決まった恋人を作るだけの時間的、精神的余裕もなく、研究室の仲間達と夜の町に繰り出した時などに、行きずりの女とその場限りの関係を持つ事が多かった。聖職と称される立場上、無体な行為に出る訳にもいかず、随分と大人しいセックスばかりだったように思う。
 
 少しだけボリュームを増した志紀の声と強烈な快感に、朗は現実へと引き戻された。
 ついうっかりと、真っ向から彼女の弱点を責めていたようだ。朗は矛先を少しずらして、強い締め付けからおのれを守る。それでも治まらない昂ぶりに、朗は一旦おのれ自身を彼女の中から引き抜いた。
 すぐに終わってしまっては、彼女にも失礼というものだろう。長く……長く楽しまなければ、な。
 口の端を上げた朗が、再び志紀の内部へ侵入しようとした矢先の事だった。
 その場の空気を切り裂くようにして、くぐもったモーター音が鳴り始めた。
 
 
 
 その音がどこから発せられているものなのか、朗はすぐには解らなかった。
 周波数の低い、無機質な音。いや、音というよりも……振動、か。志紀の腰を掴んでいる朗の手に、微かに感じられる単振動。
 荒い息のまま、志紀が顔を後ろに向ける。そのおもてに浮かんだ悲愴な気色けしきを読み取って、朗は全てを理解した。
 生唾を嚥下する音が、痛いほどにこめかみに響く。朗は右手をそっと志紀のスカートのポケットに滑らせた。
 ゆっくりと引き出された朗の手には、マナーモードで震える携帯電話が掴まれていた。
 
 表側の小さな液晶に、発信者の名前が表示されている。
 僅か三文字の漢字の列が、朗の心を、思考を圧迫する。
 
 体液が沸騰するかの如く、一瞬にして朗の身体が熱を帯びた。
 にもかかわらず、心は急速に温度を失い始めていた。まるで過冷却された水のように、外部から与えられた衝撃によって、全てが一気に凍りついていく。
 朗は静かに携帯電話を開いた。
 着信はまだ続いている。
 
 
 渡さない。
 邪魔はさせない。
 志紀は私の物だ。
 お前が守ろうとしている清廉な幼馴染など、もう何処にもいないのだ。
 
 ……それを思い知らせてやる。
 
 
「電話だよ、原田から」
 振り返る志紀の目が、見開かれる。
 朗は電話を志紀の方へゆっくりと差し出しながら、オンのボタンを押した。
 
 
 
「あー、俺。今、どこだよ?」
 静かな準備室、スピーカーを通した嶺の声が、やけに大きく響き渡る。
 志紀は、泣きそうな表情で朗を見上げてきた。視線だけで抗議の意思を精一杯ぶつけながら、電話の向こうに不審に思われないように、と、静かに口を開く。
「どこって……なんで?」
 おそらくは、多大なる精神力を搾り出しての返答なのだろう。多少声が震えてはいるが、電話越しの相手が違和感を覚えるほどではない筈だ。
 朗は、左手で持った携帯電話を志紀の顔の横に添えた。同時に右手で彼女の背中をつい、と撫でた。
「……!」
「いや、最近付き合い悪いよな、って、今、珊慈さんじと言ってンだけどさ」
 朗の手が、脇から腹部へ回りこむ。
「いや、だから、……えっと、さ、……一緒に帰ろうぜ?」
 ばこん、と木箱を叩いたような音がスピーカーから響いてきた。
「先に帰るって言ってたけど、まだいるんだろ? どこだ?」
 それは、靴箱の蓋が開閉される音だった。志紀の靴がまだある事を確認したのだろう。
 
 油断してると誰かにかっさらわれるぞ、とかなんとか、高嶋の奴がアドバイスしたに違いない。
 朗は暗い笑みを口元にのぼした。
 
 ショータイムといこうか。
 
 朗は右手を志紀の太腿にかけた。電話の相手を気にするあまり、志紀は声を出す事も、抗う事も出来ない。それを良い事に、朗はゆっくりと志紀の腰を引き寄せ始めた。
 おのれの腰へ。
 屹立する肉の杭へ。
 音を立てないようにして抵抗する事など不可能に決まっている。首を振って、必死で拒否しようとする志紀だったが、その身体は確実に、じわりじわりと朗の方へと近寄せられていく……。
 
 先端が、秘部を捉えた。
 志紀の腿を掴む朗の指に、力が込められる。ゴムに包まれたえらが、ゆっくりと彼女の内部へとめり込んでいった。
 
「ん……っ」
 深く、深く突き刺さっていく硬い感触に、志紀の喉から悩ましげな声が漏れた。
「え? どうした?」
 少し驚いたような、だが能天気な嶺の声が、朗の耳にも飛び込んでくる。
 こみ上げる嗤いをなんとか押し留めながら、朗は静かに腰を引いた。電話をもつ左手を庇って右手で本棚を掴み、そのまま一気に奥まで突き入れる。
「…………っ」
 声の代わりに大きく息を吐いて、志紀は快感の波をやり過ごそうとしていた。その努力を嘲笑わんばかりに、朗は腰を打ちつけ始めた。何度も、……何度も。
「な、なんでも、な……ぁっ」
「なんでもないことないだろ? どうしたんだよ、気分でも悪いのか?」
「ち……が、う……っ」
 いつもよりも格段にキツい締め付けは、志紀が感じまくっている証拠だろう。朗が腰を動かす度に、彼女の内部がひくひくと纏わり付いてくる。
 
 まさしく、朗は酔っていた。
 この倒錯した状況に。
 もう、どうなったって構わない。そう自暴自棄に陥ってしまわんばかりに……。
 
「い、今、生徒会に、呼ばれてて、急いで、階段、上って……」
 志紀の声に、朗は我に返った。
 荒い息を何とか誤魔化しながら、彼女は必死で言葉を紡ぎ出していた。
「だから、余裕無い、から、切るね」
 本棚に身を預け、朗に身体を揺さぶられながら、志紀は震える指で通話を打ち切った。全ての力を出しきったのだろう、あとはぐったりと本棚に寄りかかって、人形のように身体を揺すられるのみ。
「感心するよ。咄嗟に良く頭がまわるものだな」
 携帯電話を棚の上に置き、朗は両手で志紀の腰を掴み直した。それから更に彼女を責め立て始める。強く、激しく、執拗に、彼女の弱いところを狙い撃って。
「や…………せん……せい……」
「彼に、教えてやらないのか? 今、化学準備室で、どんな事をしているのか」
 志紀の内部が、締め上がる。朗は陶然とした表情で、なおも志紀の奥まで捻じ込んだ。
「男のモノをあそこに咥え込んで、涎を流している、って」
 肉のぶつかる音と、粘液が泡立つ音。
「突かれまくって、よがっている、って」
 朗の中の何かが、壊される。
 壊れていく……。
 
 
 再度、志紀の携帯電話が震え始めた。
 棚板を震わせて、格段に大きな音をたてて。
 
「お願いっ! やめてっ! 先生っ!」
 志紀の、押し殺した叫び声が朗の奥底に突き刺さる。
 
 壊されて、壊して、いっそ二人で粉々になってしまえばいい。ならば、彼女が他の奴のものになる事はないだろう。
 
「そんなに、奴に知られたくないのか」
 志紀の返答は、喘ぎ声に紛れてしまった。それを問いただす事も無く、朗は志紀を貫いたまま、携帯電話に手を伸ばす。
「やはり、また原田だ」
 その言葉に、志紀の身体が覿面に反応した。絡みつくようにして、朗の一物を揉み絞る。
 彼女も、興奮しているのだ。
 電話越しとはいえ幼馴染の前で、他の男に犯されて。
 こうやって言葉と身体で苛められて。
 私が育て上げた、私の――
 
 
「お願い、です、他の事なら、何でも、言う事を、聞きます、からっ」
 
 
 まるで、氷水を全身に浴びせかけられたかのようだった。
 身じろぎ一つすることが出来ずに、朗は志紀を見つめ返した。涙に潤んだ志紀の瞳から、大粒の雫が零れ落ちていく……。
 
 
 朗が、志紀の身体を解放した。急に支えを失って、志紀はよろめいて本棚に取り縋る。
「服を着ろ」
「先生……」
「どこへなりとも行き給え」
 志紀に背を向けたまま、朗は立ち尽くす。無言で。
 志紀の気配が去って行っても、まだ、朗は彫像のように独り佇み続けていた。
 
 
 
< 続く >