広い浴室の一方の壁は、全面が鏡張りとなっていた。少し灰色がかった鏡面が、スタイリッシュなユーティリティと相まって、ストイックとすら言える雰囲気を醸し出している。その鏡の前に、固く目をつむる志紀の姿があった。羞恥に全身を桜色に染め、ともすれば崩れ落ちそうになる身体を必死で堪えて立っている。
淡い照明に照らされた志紀の身体は、先刻から朗が塗りつけているローションによってぬらぬらと光っていた。芳しい花の香りをまとうこの液体が、専らセクシャルな目的で使われるものだということを志紀はまだ知らない。「身体を洗ってあげよう」との朗の言葉を真に受けて、石鹸に類するものだと信じて疑っていないのだ。
志紀の背後では口元に笑みを刻んだ朗が、滑らかな感触を存分に楽しみながら、志紀の身体を撫でまわしていた。背中から、臀部へ。太股を優しく撫でて、また上へ。今度は首筋から肩にかけてを特に念入りになぞって、腹部へ。決して肝心の場所には触れようとしないその指使いは、遅効性の毒のように、少しずつ、確実に、志紀の心を蝕んでいった。
いよいよ朗の指が胸元へと這い進んできた。期待にうち震えるあまりに、びくん、と志紀の身体が跳ねる。
「気持ちよさそうだね」
まるで、朗が触れたところから熱が全身に広がっていくようだった。志紀の口から甘い吐息が漏れる。
「ここ、まだ触っていないのに、もうこんなに勃ってるよ」
胸の先端を避けるようにして、朗の指がふくらみを鷲掴んだ。ねっとりとこねまわしては、張りのある感触を確かめるかのように、何度もすくい上げる。
「おかしいな。私は君の身体を洗っているだけなんだがな」
実に嬉しそうに、朗が囁く。「そんなに待ちきれないのかい?」
その言葉と同時に、しなやかな男の指が、志紀の硬くしこった弱点をそっと摘んだ。
その瞬間、鮮烈な官能が志紀を貫いた。胸の先から下腹部へと莫大な熱量が走り抜ける。耐えきれずに、志紀の喉から嬌声がほとばしった。
「見てごらん」
とろけるような声音に誘 われ、志紀はゆらりと顔を上げた。鏡の中の朗と目が合うや否や、慌てて俯き視線を逸らす。
志紀はこれまで、朗が眼鏡を外すところを殆 ど見たことがなかった。見慣れないその姿を目にするにつけ、朗ではない誰か知らない人に身体をまさぐられているような気がして、志紀はどうしても彼の顔を直視することができなかった。
加えて、朗の裸体を見るのも志紀にとっては初めてのことであった。脱がされ、脱がれて以来、恥ずかしさのあまり固く目を塞ぎ続ける志紀だったが、彼女の網膜には一瞬にして幾つもの映像が焼きつけられてしまっていた。引き締まった腕、広い胸板、贅肉の無い腹、そして、茂みから天に向かってそそり立つ剛直。
「目をつむっていては、つまらないだろう?」
「つまらないこと、ない、です、……」
荒い息の間に志紀が辛うじてそう返すと、朗が鼻で笑う気配。
「なら、いっそ目隠しでもするかね?」
「そ、それはちょっと……!」
狼狽して朗を振り返る志紀に、朗は意地の悪い笑みを向けた。
「目隠しが嫌なら、しっかり見ていることだ」
愛撫の指はそのままに、朗は悶え乱れる志紀の唇を奪い、思うまま舌で内部を蹂躙した。
何度も何度も胸を責められて、とうとう志紀は息も絶え絶えに床に座り込んだ。ひんやりと冷たい感触が心地よく思えるほどに、彼女の身体はすっかり上気してしまっている。下腹部の火種が全身をも焦がしそうだ。
「ここも、凄いことになっているな」
追ってしゃがみ込んだ朗の指が、水音を立てて秘部に差し込まれた。身体を強ばらせる志紀をよそに、朗は容赦なく指を動かし始めた。
「な、せんせ……っ」
志紀は咄嗟に朗のほうへ腕を突っ張った。内部で蠢く淫猥な生き物を引き出そうと、必死で彼の身体を押し退けようとする。
「やだっ……」
「気持ちいい、の間違いだろう?」
ぐい、と朗の腕に力が込められた。
逞しい胸の中にすっぽりと抱きしめられて、志紀は身動き一つできない。喘ぎ声を絶え間なく漏らしながら、ローションに光る裸体をくねらせ足掻いている。
その間も、朗の責めが途絶えることはなかった。深く深く潜り込んだ二本の指は、時には揃って、時にはバラバラに、いやらしい音を奏でて露をすすり続ける。
「こんなに濡らして……」
志紀の耳たぶを舌が這う。
「こんなに締めつけて……」
熱を持った指先が一つ、ぬるり、と最も敏感な芽に触れた。
花芯から生まれる鈍く痺れるような感覚が、志紀の身体のスイッチを入れた。朗から逃れようともがいていたはずの腕が、彼の背中に回される。取り縋る。爪を立てんばかりにしがみつく。
突き入れられる指の動きに合わせるようにして、志紀の身体が揺れ始めた。朗の肩口に顔を埋め、荒い呼吸を繰り返し、来るべきその時を待ち受けている。
「イきそうなんだろう?」
「…………は、い」
途切れなく喘ぐ合間に、か細い声が答えた。それを受けて朗の肩に力が入る。
「なら、イかせてやる」
その刹那、志紀の喉から悲鳴にも似たよがり声がほとばしった。朗の身体にしがみつく腕が、力が入るあまりに震えている。立ちのぼる女の匂いが、花の香りと混ざり合って二人を包み込んだ。
官能の大波に飲み込まれ、志紀の身体が一気に弛緩する。崩れ落ちる彼女の身体を支える朗の息も荒い。
「いくぞ」
すっかり力が抜けてしまった志紀の身体をなんとか四つん這いに起こし、膝立ちの体勢で彼女ににじり寄る。すんでのところで重要なことを思い出し、朗は浴槽の脇にある棚へと手を伸ばした。抜け目なく持参してきた避妊具の包みを破る。
「物欲しそうにひくついているな。少しは待てないのか」
「そんな……」
彼女のこぼす声は、抗議の言葉すら甘くとろけるようだった。期待通りの反応に朗は満足げに鼻を鳴らし、それから、つい、と視線を外す。
「冗談だ。待ちきれないのは……私のほうだ」
装着し終わった一物を、彼はゆっくりと彼女の中へと埋め込んでいった。
硬いモノが自分の内部へと押し込まれていく。一ヵ月半ぶりの鮮烈な刺激に、志紀のまなじりからしずくがこぼれた。床についた手が震え、身体が強張る。声を出すこともできずに、志紀は大きく息を吐いた。
――先生が……入ってる……。
今の彼女にとって、それが全てだった。ただその言葉だけが、志紀を、彼女の頭脳を支配している。
一方、朗のほうも、それまでの余裕なぞすっかり消し飛んでしまっていた。きつい締めつけに耐えておのれ自身を奥の奥まで突き入れると、朗は一旦その動きを止めた。静かに呼吸を整えて、大きなうねりを遣り過ごす。男のプライドをかけて、ここで果てるわけにはいかない、とばかりに。
鏡に映る淫らな光景の中、彼女の頬をつたう一筋の光は、朗の目には神々しくさえ見えた。これまでも、情交の最中 に彼女が涙を流すことはあった。苦痛のせいか、と案じた甲斐なく、志紀には自分が泣いている自覚がないようだった。激し過ぎる官能が、彼女の涙腺を刺激するのだろう、朗はそう考えることにしていた。
「ならば、もっとなかせてやろう」
低い声で宣言して、朗は腰を動かし始めた。抉るように、突き刺すように。最奥を震わせては、ぎりぎりのところまで引き抜いて、焦らすように止めてみる。そう何度も繰り返しては、志紀を嬲り続ける。
朗の動きに合わせて、淫猥な声が浴室に響き渡った。壁という壁に反響するおのれの声音に、志紀の心は更に煽られていく。溢れる蜜の立てる音にも、彼女の身体は覿面に反応した。
「気持ちいいんだろう?」
返事の代わりに、志紀の内部が締め上がる。
「おいしそうに咥え込んで……」
ぞろりぞろりと内壁を擦られる感触に、志紀は激しくよがり悶えた。身体の奥底で生まれた鈍い痺れが、ぞわぞわと背筋を這い進んでいく。
一際奥まで突かれて、志紀の背中が限界まで反り返った。
「奥のほうが、感じるのかな?」
今度は、入り口近くの壁を震わせられる。
「それとも……、ここか?」
声にならない声で、志紀は喘ぎ続けた。朗の責め句ももはや耳には届いてはいない。ただ無心に、だが貪欲に、朗をひたすら受け入れ続けている。
その様子に、朗も次第に我を失っていった。
彼女の中心を何度も何度も穿って、朗は熱い媚肉をむさぼり続けた。より早く、より激しく、志紀に腰を打ちつけては引いて。淫靡な水音と飛沫を撒き散らしながら。