あわいを往く者

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九十九の黎明 第四章 祈りの丘

  
  
 三人とも、夕食は居館の食堂で、領主一家とともに長いテーブルを囲むことになった。
 面倒臭いなあ、と溜め息をつくウネンとオーリに、モウルが上機嫌で「昨夜の僕の苦労の百分の一でも思い知ればいいと思うよ」と言っていたが、いざ蓋をあけてみれば、ウネンとオーリの席はテーブルの一番下座の端に用意されており、領主の隣に座らされたモウルが、愛想笑いの隙間に恨めしそうな視線をちらちらとウネン達に投げかける事態となった。
 食事が終わるや、モウルは酒を進めるエドムントを丁重にあしらって、ウネンとオーリをいざない中庭に出た。池の傍の東屋に落ち着くなり、ウネンに夕方の尾行の成果を問う。
 ウネンは、自分が町の門の外で見聞きしたことを、順を追って可能な限り詳しく二人に報告した。
「ありがとう、ウネン。やっぱり、君に頼んで大正解だったよ」
 話を聞き終えたモウルは、ウネンに屈託のない笑みを向けた。それから、お馴染みの勿体ぶった調子で、「実はね」と話し始めた。
「あの少年が水車舎に飛び込んできた時に、微かに魔術の残滓を感じたんだよ」
「魔術の残滓?」
 ウネンの問いに、モウルの瞳が得意げに輝く。
「そう。領主の畑で感じたものと同じ、在るか無きかの微かなしるし。水使いがなんとか誤魔化そうとしてたみたいだけどね」
「あの時のあの水の球か」
 オーリが呟くのに合わせて、ウネンも「そうか」と膝を打った。なんとなくではあるが、あの時のノルの行動は、それまでの発言から窺える彼の人柄に少しそぐわないような気がしていたからだ。
「悪くない余興ではあったよね。でも、まさか、あとで少年のほうから僕に会いに来るとは思ってもいなかったんだろう」
「師の心、弟子知らず……」
 少年と対峙した時のモウルの独り言を復唱するウネンに、モウルが軽く肩をすくめてみせる。
「まあ、少年本人は、自分が術を使ったことに気がついていないみたいだから、仕方がないって言えば仕方がないか」
「でも、あの子は魔術師じゃないよね?」
「呪符か」
 間髪を入れず、オーリがぼそりと呟いた。
「でも、呪符って高価なんでしょ? どうやって手に入れたわけ?」
 ノルが言っていたように、ぎりぎりの生活を送っているリボルがそのようなものを入手することができるとは思えない。ウネンが眉をひそめて問いかければ、モウルがまたも得意そうに微笑んだ。
「それはやはり、あの水使いだろうね。もっとも、彼はお守りのつもりで渡したんじゃないかな。願いを込めるという意味では、呪符も護符もよく似ているから。そうでなきゃ、事が起こったあとで、慌てて少年を『破門』になんかしないでしょ」
 ウネンの脳裏に、「突然、『もうここへは来るな』って怒られて」と俯くリボルの姿が、甦る。
「だが、あいつには素質があった」
 オーリの声に触発されるようにして、ウネンの頭の中の映像が、風そよぐ農地の風景に切り替わった。
「……あの子の家の畑は、領主の農地のすぐ下側だった……」
「たぶん、水乞いの祈りに、うっかり呪符が反応してしまったんだろうね。神のちからは、地中の水を少年の家の土地へと引き寄せた。その結果、領主の土地は例年よりも水不足に陥ることになった……、ってところじゃないかな」
 モウルの推理を聞きながら、ウネンは知らず唇を噛んでいた。術を使ってもなお、リボルの畑が水不足にあえいでいるという事実に、やり切れない思いが湧き上がってくる。
「あの子……、畑仕事を終えてから、神様を待ってるみたいだった」
「どこで? どういうふうに?」
「自分ちの畑を見下ろす丘に立って。水路や溜め池ではなく、天を仰いで」
「今ある水を欲しがるのではなく、雨を望んでいた、ってことか……」
 オーリの呟きを、夜風が静かに揺らす。
 遠くにヨタカの声を聞いたのち、モウルがあっけらかんと口を開いた。
「ま、水使いのほうも、もう不用意に呪符を渡すことはないだろうし、これ以上新たな問題は起こらないんじゃないかな。あとは、水使いの言うとおり、灌漑規定とやらをどうにかすれば解決、ってことで」
 一件落着、とモウルが両手を打つのと時を同じくして、植栽の向こうから可愛らしい声が聞こえてきた。
「モウル様ぁー」
 篝火に照らされた庭園を、ダーシャ王女が手を振りながらこちらに向かってやってくる。その後ろには、王女と同い年だというエドムント公の次男、ジョナーシュの姿もあった。
「モウル様もウネンもこんなところにいた!」
 社交的な心遣いを発揮したモウルが、東屋を出て小さなレディを出迎える。ウネンとオーリは今度は苦笑をもって顔を見合わせて、それからモウルに続いて屋根の下から出た。
 満面の笑顔でモウルを見上げるダーシャとは対照的に、ジョナーシュは唇をへの字に曲げて、モウルから露骨に顔を背けていた。その顔には、ダーシャがモウルを気にしているのが面白くない、と太い筆で大きく書かれているようだ。
「ねえ、わたしからモウル様にプレゼントがあるの!」
「ありがとうございます。一体なんでしょうか」
 遠慮のそぶりも見せない厚かましさを爽やかな笑みで誤魔化して、モウルが応える。
 ダーシャは、きらきらと目を輝かせながら、「あのね」と夜空を指差した。
「あの、木の梢の少し上に見える、碧いお星様よ。あのお星さまをモウル様にあげる!」
「碧い……?」
 ウネンもつられて空を仰いだ。
 王都は勿論、イェゼロの町とも比べるべくもない、まるで白砂を散らしたかのような気の遠くなるほどの無数の星が、ウネンの頭上で輝いていた。一瞬、天地を見失いそうになり、慌てて両足に力を込める。
「碧い星、ですか?」
「そうよ。ほら、あそこの」
 なるほど、と頷くモウルの目が僅かに泳いでいる。どうやらダーシャが言う星を見つけられていないようだ。
 とはいえ、ウネンも同様に「モウル星」がどれなのか分からないでいた。見える星の数が多い上に、どんなに目を凝らしても「碧い」という色味が判別できないのだ。
 モウルの相槌にすっかり機嫌をよくしたダーシャは、続けてまた天穹を指差した。
「それで、モウル様の星のすぐ横にぴったりひっついている小さなお星様が、オーリ様よ。いつもお二人は仲良しだから」
「横に……?」
 ダーシャの口ぶりから察するに、モウル星とオーリ星は連星のようだが、ウネンにはこれも判らなかった。こそりと隣を見上げてみたが、オーリも難しい顔でひたすら星々を凝視するのみ。
「ダーシャ様は、目が良いんですね」
 ウネンの感嘆の溜め息に、ダーシャがぱあっと顔をほころばせた。
「ジョナーシュ様のお星様はどれですか?」
 と、先刻から不貞腐れた表情でそっぽを向いているジョナーシュに、モウルが朗らかに水を向けた。ウネン達が相手の時とは違って、なんとも気配り上手なことだ。
「あそこの、黄色い星よ」
 すかさずダーシャが横から問いかけを奪い取るが、よそゆき顔のモウルは、辛抱強くジョナーシュに語りかける。
「ジョナーシュ様のように、明るくて気品のある星ですね」
「ま、まあね」
 僅かに頬を赤らめて、ジョナーシュがモウルをちらりと見やった。その横ではダーシャが、次はわたしの番よとばかりに、モウルに熱烈な視線を送っている。
 だがモウルは、ジョナーシュに笑顔を返したあとは、じっと夜空を見上げるばかりで、ダーシャの表情に気がつく様子がない。
 ダーシャが悲しそうに眉を寄せるのを見て、ウネンは慌てて王女に話しかけた。
「ダーシャ様のお星様はどれですか?」
 途端にダーシャはみるみる満面に笑みを浮かべた。ナヴィの真似か、眼鏡の位置を直す仕草を披露し、胸を張って一同を見回した。
「では、質問です。わたしの星は、どれでしょう?」
 芝居がかった調子でモウルが両眉を上げる。
 それを受けたジョナーシュが、大きな身振りで肩をすくめてみせた。
「何回訊いても、全然教えてくれないんだ」
「ジョナーシュ様にも、ですか?」
「うん」
 モウルは、ジョナーシュに「それは手強い」と目を剥いてみせてから、柔らかい眼差しをダーシャに向けた。
「我々に手掛かりはくださらないのですか?」
「じゃあ、特別に、一つだけお教えしましょうね」
 ナヴィの物真似を続けながら、ダーシャが得意げに微笑む。
「ダーシャのお星様はね、『今は見えていないわ』」
  
  
  
 灌漑の問題もなんとか解決、今日こそはナヴィに勉強を教えてもらおう。そう意気揚々と朝食を終えたウネンは、背後から降ってきたモウルの声に、思うさま眉間に深い皺を刻んだ。
「さて、今日も張り切って調査と参りましょうか」
 え? と思って、後ろを振り返れば、モウルがすまし顔でウネンを見おろしていた。どういうことだ、とばかりに顔を戻した正面では、オーリが平然と席を立ち、行くぞ、と目でウネンに語りかけてくる。
 テーブルの向こう端でエドムントが「どうかよろしく頼むよ」と右手を上げた。
「何か必要なものがあれば、遠慮なく言っておくれ」
「お心遣い、感謝いたします」
 にっこり笑って、モウルはくるりときびすを返した。オーリを従え、扉へと向かい……
「報告書を書かなきゃならないんでしょ、補佐官代理殿」
 含みのある笑みを口元にのぼして、モウルがウネンを振り返る。
「頑張ってね、ウネン」
「あ、え? ええ、はい」
 ダーシャの声援に背中を押されて、ウネンは立ち上がった。状況が今一つ理解できないまま、モウルの傍へ寄る。
「では皆様、行ってまいります」
 礼儀正しく退出するモウルに続いて、ウネンもオーリとともに一礼して食堂をあとにした。一体どういうことなんだろう、と心の中で何度も首をひねりながら。
  
  
「水不足の件については、まだ領主に報告してないんだ」
 一件落着したのでは、とのウネンの質問に対して、モウルは、城の門を出るなり涼しい顔でとんでもないことを言い放った。
「君が補佐官の助手になってしまったことで、しばらく王都から動けないなって諦めていたんだけど、今、こうやって別の町を探索する機会が得られた以上、聞き込みをしない手はないでしょ」
 城にいても退屈なだけだし、と付け加えるモウルに、オーリも目顔で同意する。
「まさか……」
 ウネンの、おそるおそるの問いかけに、二人は揃って平然と頷いた。
「ヘレーさんがもしもこの町に潜んでいたとして、僕らが彼を捜していることに気づいたら、すぐに逃げ出してしまうだろうからね。君がいてくれると助かるんだ」
「ぼくがいても、ヘレーさんは逃げるんじゃないかな……」
 円い月が世界を白と黒に染め上げる中、どんどん遠ざかってゆく背中を思い出し、ウネンは唇を引き結んだ。
 ウネンを面倒事に巻き込みたくない、と言うのは、ヘレーの優しさだったのだろう。オーリ達と出会って、その「面倒事」が想像以上に面倒なものらしいと分かったことで、ウネンは随分素直にそう思えるようになっていた。
 だが、それでも。……その続きを呑み込んで、ウネンは足元に視線を落とす。
 オーリが小さく鼻を鳴らした。
「ヘレーは、敵だと思っている人間の手に落ちた娘を、見捨てるような奴ではないんだろう?」
「待ってオーリ、その言い方だと、なんか僕らがどうしようもなく悪い奴っぽくない?」
 違うのか? 違うだろ。すまし顔と不興顔との間で始まった言い合いを見ているうちに、ウネンは、笑いをこらえるのに苦労している自分に気づくのだった。
  
 咳払い一つ、場を仕切り直したモウルが言うには、昨日、領主の畑で灌漑についての聞き込みをする際に、ついでに「流れの医者」に心当たりがないかも小作達に尋ねてみたとのことだった。あの時、モウルが思わせぶりに「彼らがよそ者に慣れっこになっている」とオーリに言っていたのは、小作達の反応の悪さをぼやいていたのだ。
「で、なんでも、中央広場から金物通りを三かど奥に行ったところにある『葡萄の蔓』亭って食堂兼酒場を仕事場にしている、ナントカっていう講談師なら、そういったことを良く知っているかも、ってことなんだ」
「ナントカ、ね……」
「ナントカ、か……」
「店の名前はちゃんと覚えたんだから、文句を言わないでほしいね」
 涼しい顔で開き直るモウルに、ウネンはつい一言問わずにはいられなかった。
「お店に講談師が二人以上いた場合はどうするの?」
「その全員から話を聞けば問題ないさ」
  
  
 くだんの食堂がひらくというお昼まで、ウネン達は町の表である東門を起点として、大通り周辺の商店で聞き込みを行った。
 だが、その結果はあまり芳しくないものだった。
 そもそもパヴァルナは、有力者に人気があるという避暑地だ。夏になれば、町は涼を求めてやってきたやんごとなき方々で一杯になる。そして、そういった方々は、ほとんど全員がお抱え医師を連れていた。
 よそ者が珍しくないという土地柄に加えて、ウネン達の側にも問題があった。先ずは、尋ね人が積極的に身を隠そうとしていること。三年前から現在までの長い期間のうちの、どの時点でどれくらい滞在していたか分からないこと。そして何より、その尋ね人がこの町を訪れたかどうかという大前提から定かではない、ということが、彼らの聞き込みを難しくさせていたのだ。
「だいたい、出稼ぎ店員が多すぎるんだよ。これじゃあ、他の季節のこととか、まったく訊けないじゃないか」
 午後からは店屋ではなく民家を訪ね歩こう、と、ぶつぶつ文句を言いながら、モウルは「葡萄の蔓」亭の扉に手をかけた。
  
  
「へい、らっしゃい!」
 威勢のよい声が、店の奥から投げかけられる。
 南側に並ぶ窓のおかげで、店内は思った以上に明るかった。惜しみなく射し込む陽光に照らされ、年季の入った床の染みがよく目立つが、反面、隅々まで清掃がいきわたっていることも見て取れる。テーブルも椅子も素朴ながらしっかりとした造りで、全体的に居心地のよさそうな雰囲気だ。
 開店直後なせいか空席の目立つ店内を、モウルは奥へと真っ直ぐに進んでいった。店内と調理場を仕切るカウンターのすぐ近く、四人がけのテーブルに席を決め、ウネン達が追いつくのを待って腰をおろす。
「昼飯でいいかい?」
 橡色の髪と瞳をした、オーリ達と同じぐらいの年齢に見える青年が、テーブルの傍にやってきた。「今日のおかずは、豚バラの甘煮だよ」
「あ、じゃあ、それを三人前お願い」
「南瓜を焼いたやつもあるけど」
「うーん、それは別にいいや」
「飲み物はどうするね」
「麦酒二つに、その子には何か果汁の水割りで」
 ウネンがまばたきを繰り返している間に、モウルは手慣れた調子でさっさと三人分の注文をすましてしまった。隣のオーリが一切動じたふうがないということは、これが彼ら二人の「役割分担」なのだろう。
「ところで、この店にとても物知りな講談師がいる、って聞いたんだけど」
「物知りかどうかはともかく、ここの講談師というなら、俺かな」
 給仕が、人好きのする笑みを浮かべて、自分の胸元を指差した。
 この展開は予想していなかったのだろう、さしものモウルも一瞬言葉を失う。
「講談の仕事は、実入りの多い夜って決めていてね。昼間は給仕や厨房を手伝ってんだ。日が暮れてから来てくれたら、そこの隅っこで寄席をひらいてるから」
「いや、講談に興味がないわけではないけど、それよりも、あなたが事情通だと聞いて……」
 モウルが本題に入りかけたところで、給仕――いや、講談師は、「待て」とばかりに右手を軽く前に出した。
「おばさーん、豚バラのやつ三人前、麦酒二つ、果汁一つ」
「なんだい、タセイ、こっちに来て注文を言っておくれよ」
「お客さんが、俺に用があるって」
 奥の厨房と大声でやり取りをしてから、タセイと呼ばれた講談師は、ウネンの隣の空いている椅子にいそいそと腰をおろした。
「『事情通』かあ。まあ、『早耳』だの『地獄耳』だの、色々綽名をつけられているのは知ってたけど……。こりゃ、本格的に情報屋でも名乗ろうかな」
 愉快そうな表情で身体を軽く揺すったのち、タセイはぐるりと三人に視線を巡らせた。
「で、一体何が知りたいんだ?」
「人を探しているんだ」
 会話の主導をモウルに任せ、ウネンはタセイをじっと見つめる。どんな小さな手がかりでもいいから、ヘレーの消息が分かりますように、と、念じながら。
 タセイが、ふむ、と、軽い相槌をうってから、モウルのほうに身体を向ける。
「尋ね人か。その人がパヴァルナにいるのは確かなのかい?」
「その答えは、残念ながら『いいえ』なんだ」
 どういうことだ、とばかりに、タセイが両眉を跳ね上げた。
「その人物が行方不明になったのは三年前なんだ。それから現在に至るどこかで、ここに立ち寄ったし、立ち寄らなかった。もしかしたら、今もいるし、いない
「見事に『かもしれない』ばっかりだなァ」
 派手な身振りで天井を仰いだタセイは、挑戦的な光を目に宿し、テーブルの上に身を乗り出した。
「まあ、駄目で元々ってことで、その人の詳細を教えてくれるかい」
 オーリ、ウネン、と順に目配せを送ってから、モウルは真剣な顔で語り始めた。
「今は何と名乗っているかは知らないけど、名前は『ヘレー』という」
 その瞬間、タセイの視線が僅かに揺れたようにウネンには感じられた。
「年齢は四十、瞳は碧、頭髪の色は枯れ草色、身長は僕と同じぐらいで、医者を生業としている」
 モウルが言葉を切ると同時に、沈黙がテーブルにおりた。
 しばしのち、相手の反応を窺うようにして、モウルが静かに口を開く。
「……幾ら払えばいい?」
 何事かを考え込んでいるようだったタセイは、派手な溜め息をついて、そうしてにやりと笑みを浮かべた。
心付けチップをはずんでくれたらいいさ」
 三人が互いに頷き合うのを見て、タセイもまた満足そうに頷いた。契約成立だ。
「一年半ほど前、町外れの〈不在の神の教会〉にいた食客の名前が、確かヘレーだったはずだ。枯れ草色の長い三つ編みの、壮年の男だ」
「本当!?」
 思わず大きな声を出してしまい、ウネンは慌てて手で自分の口を押さえた。
 心外な、と言うように、タセイが眉を寄せる。
「嘘を言っても仕方がないだろ」
 すみません、と身を縮ませるウネンを横目に、モウルが次なる質問を繰り出した。
「それは、どれぐらいの期間?」
「たったの三箇月ほどだけだね」
「その教会には、現在は人は……」
「修道士が一人だけ残っている。建物自体ももう随分と古くて、寂しいものさ」
 折りよく、厨房のほうから威勢の良い声が聞こえてきた。
「はいよ、豚バラ定食三丁! タセイ、持って行っておくれ」
「はいはい」
 よっこいせ、と腰を上げるタセイに、おばさんとやらの容赦のない声が投げつけられる。
「返事は一回!」
「はいっ」
 カウンターに向かったタセイは、右手におかずの椀を、左手にパンの皿を、器用にもそれぞれ三つずつ乗せてテーブルに戻ってきた。
 玉ねぎと肉の脂の匂いが、湯気とともにテーブルの上に漂う。頑丈そうな陶器の椀の中には、飴色に染まったバラ肉の塊が二つ、悩ましげにぷるんと震えながら鎮座ましましていた。
 ぐう、と鳴った腹の虫は、きっちり三人分。こんなに美味しそうなんだから当たり前だ、と開き直るウネンの向かいでは、オーリが一心に皿を見つめている。
 照れを隠すように、モウルが咳払いを一つした。
「いや、まさか、こんなに早く望んだ情報が手に入るとは思っていなかったよ。よくぞ教えて……、いや、覚えていてくださった」
「そりゃあ、まあ、『知識はちから』だからね」
 思わせぶりに目を細めて、タセイが笑みを浮かべる。
 聞き慣れた語句が思いもかけないところから飛び出したことに、ウネンも、勿論残る二人も、一様に息を呑んだ。
「講談だって、いつも同じ物語ばかり語っていたら飽きられてしまうからな。常に新しい知識を仕入れておかなければならないってわけさ」
 自身に注がれる三人の視線を、事も無げに受け流して、そうして彼は一言「召し上がれ」と言い置いて厨房へと去っていった。