あわいを往く者

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九十九の黎明 第八章 追いすがる過去

  
  
 ウネン達を乗せた荷馬車は、何度も角を曲がりながらせわしく走り続けた。
 使い古され荷台のあちこちが痛んだおんぼろの馬車は、ちょっとした路面の起伏にもぎしぎしと悲鳴を上げる。いっそこのまま馬車がばらばらに壊れてしまえばいいのに、とウネンは心の中で何度も呪いの言葉を吐き出した。
 深くかぶせられたマントの陰、俯かされているウネンの狭い視界の中、荷台の板の隙間から飛ぶように流れる地面が見える。
 ウネンは握り締めていた右手を慎重に緩めた。隣に座る男に分からないように、少し崩した胡坐あぐらの足の陰で、細心の注意を払って。
 実は、古道具屋で喉元に短剣を突きつけられた際、ウネンは隙を見てポケットの麻袋から干し葡萄を両手に握っておいたのだ。それを少しずつ、荷馬車が角を曲がるたびに荷台の隙間から落としていく。どうかこの葡萄が道しるべになりますように、と、祈りながら。
 古道具屋の店の前、まだ新しいわだちの横に残した麻袋。彼らならば、その袋の存在に、そして袋の中にほとんど葡萄が残っていない意味に、気がついてくれるだろう。所詮は小さな干し葡萄、鳥に食べられてしまったり誰かに踏まれて土に埋もれてしまったりして、目印になる可能性が無いに等しいとしても、何もしないよりはずっといい。
 やがてウネンの両手が空になるのとほぼ同時に、馬車が何か大きな影の中に入って止まった。
「動くな。喋るな」
 左脇腹の短剣が、その存在感をいや増した。肌を刺す冷たいやいばの感触が、ウネンから勇気を奪い取る。
 悔しさから歯を食いしばるウネンの耳に、御者の、驚くほど愛想の良い声が聞こえてきた。
「お勤めご苦労さまですー」
「ああ、昨日に隣町から牛小屋の修理に来たって人達か。もう終わったのか」
「そのために人数集めて来たんですからね。おかげさまで叔父貴も大喜びでさぁ」
 ここが町の門であることにウネンが気がついた時には、馬車は再び動き出していた。影をくぐり明るい日の光の中へと、車輪を軋ませ躍り出る。
「さてと、悪いがちょいと目隠しをさせてもらうぜ。これは、お前らのためでもあるんだからな」
 いきなりマントをめくられて驚く間もなく、ウネンの視界はうす汚れたごわごわとした布で塞がれた。
「俺達のねぐらの場所をお前達に知られるわけにはいかないんでな」
「無用な殺生をしなくてすむように、協力してくれや」
 わざわざこんな手間をかけるということは、彼らは本当に用さえ済めばウネン達を無事に解放するつもりなのかもしれない。とは言え、何も確証がないまま安心するのは禁物だ。ウネンは封じられた視覚以外の全ての感覚を総動員して、周囲の状況を探ろうと試み続けた。
  
 延々と続く上り坂を走り続け、荷馬車はようやく目的地に辿り着いた。
 馬の足音が木の板――おそらくは橋――を渡る。前方からは、重たい物――これは門扉だろう――が巻き上げられる音が聞こえてくる。山道にさしかかって以来、木の葉や腐葉土を踏みしめ続けていた車輪が、久々に乾いた砂を噛む音がした。
 背後で門扉の下りる重々しい音が響き渡る。
 目隠しも両手のいましめもそのままに、ウネンは馬車から下ろされた。両脇を抱えられるようにして、何か建物の中へと連行される。
 段差に何度も躓きつつも進むことしばし、両脇の男がやっと足を止めた。
 ぐい、と頭を後方に引っ張られたかと思えば、目隠しが外される。
「ようこそ、黒龍団へ。俺が、団長のバルタザールだ」
 左目に眼帯をつけた壮年の男が、腕組みをした堂々たる姿勢でウネン達の前に立っていた。
「お前ら、ご苦労だったな」
 団長とやらは、壁際に下がった人攫い四人組を順に見回すと満足そうに口のを上げた。それから、不敵な笑みとともにレヒトの顔を覗き込んだ。
「あんたが、問題の古道具屋か」
 ウネン達が店を訪れた時はあれほど饒舌だったのに、レヒトは男達の襲撃を受けて以来、静かな眼差しでひたすら沈黙を守り続けている。
 ふん、と鼻を鳴らしてから、団長はレヒトに背を向けた。そうして正面の壁にかけられた黒龍の旗の前まで進み、誇らしそうに旗を見上げた。
「木の実が欲しいからって、俺は木ごと伐り倒すような愚かな真似はしねえ。実だけもげば、また次の実がなるんだからな。面倒がって殺しまくったり、根こそぎ盗みまくったりすれば、結局、回り回って俺達の懐に響いてくる。俺達は、白虎団の奴らみたいに馬鹿じゃあねえんだ。知性派の山賊だ。だから、あんたが俺の質問にきちんと答えてくれるなら、約束どおり家に帰してやろう」
 そう言って、山賊「黒龍団」の首領は再びレヒトを振り返った。
 凄みをきかせた低い声が、静まり返った部屋の空気を揺らす。
「マルコの奴はどこだ」
「それなんだけど」
 ここに至ってようやくレヒトが声を発した。気負いも何も無い、店でウネン達相手にさんざん喋りまくった時と変わらぬ朗らかな声で。
「店で訊かれてから、ずーっと考えていたんだけど、俺、マルコって奴、知らないかも」
 レヒトの答えを聞き、首領が苛立たしげに口元を歪ませた。
「お前に青玉サファイアを渡した奴だ」
青玉サファイア?」
「とぼけてもらっちゃ困るぜ。しっかり調べはついてるんだからな。あんたの店が、裏切り者のマルコから青玉サファイアが入った宝箱を買い取った、ってな」
 その瞬間、ウネンとレヒトはともに目を見開いて顔を見合わせた。
「作り話じゃなかったの?」
 ウネンがひそひそと小声でレヒトに話しかければ、レヒトが同じくひそひそと言葉を返す。
「いよいよ現実が俺に追いついてきたか……」
「それより、目の前の現実をなんとかしようよ」
 無駄に前向きなレヒトの態度に、ウネンは溜め息を禁じ得ない。
「作り話でした、と言えば、許してくれるかなあ……」
 そう小声で呟いてから、レヒトはあらためて首領のほうに向き直った。
「ええと、とりあえず、そのマルコって人のことを教えてくれない? もしかしたら、俺の知ってる話とは、たまたま似てるだけの違う話かもしれな」
「しらばっくれんじゃねえよ! ここまで話の内容が一致していて、違うも何もあるものか!」
 レヒトの言葉が終わりきらないうちに、馬車でウネンの脇腹に短剣を突きつけていた男が、こめかみに青筋を浮かべて怒号を上げた。
「西の隊商を皆で襲うって日に、留守番のマルコが宝物庫から青玉サファイアをくすねて、そのまま逃げやがったんだ! よりによって、もう買い手がついてた青玉サファイアを、な! そのごたごたのおかげでその日の襲撃計画までパァになっちまったし、大損どころじゃねえんだぞ!」
 ああー、と、レヒトが声にならない声を漏らす。
 ウネンは、そうっとレヒトに囁いた。
「許す許さない以前に、この分だと、作り話だと絶対に信じてもらえないと思う」
 それこそ、持ち逃げした青玉サファイアとともにマルコとやらがこの場に現れない限り。これぞまさに「嘘から出た誠」。いや、「口は災いの門」のほうがこの事態にはふさわしいかもしれない。
「ちなみに、それっていつ?」
 レヒトが、怒鳴り声を上げた男を振り返った。
「三日前だ」
「じゃあ、俺は関係ないね。だって、例の宝箱が店に来たの、一箇月前だもん」
 レヒトの口調は普段どおりの飄々としたものだったが、よくよくその表情を見れば彼はやはり緊張しているようだった。こめかみのあたりには汗の玉が浮かび上がり、その瞳は時折微かに揺れている。
「嘘をつくな! 少なくとも五日前には青玉サファイアはまだ宝物庫にあったんだぞ! ふざけるのもいい加減にしやがれ!」
 首領が「落ち着け」と、激昂する手下とレヒトとの間に割って入った。そうして、今度はやけに優しい声でレヒトに向かって語りかけた。
「なあ、あんた。あんな奴に義理立てすることなんて何もねえんだぜ。何しろあんたも立派な被害者なんだからな。あんたが奴に聞かされた話と違って、実際は山の神の祟りなんてなかったし、俺達はマルコのことを忘れちゃいねえ。山賊の上前をはねて追われているなんて言やあ、宝石が売れねえに決まってるから、あいつは口から出まかせで適当なことをフカシやがったんだ。あんたは騙されたんだよ」
 レヒトの眼差しが、また揺れる。
 唐突にウネンは気がついた。レヒトは緊張しているのではない、ということに。彼は今、山賊達の相手をすると同時に、何か考え事をしているのだ。
 レヒトの反応が今ひとつ薄いせいか、首領が一際大きな溜め息を吐き出した。それから、何やら目配せを一つ。
 即座に手下の一人がウネンの肩を乱暴に引っ掴んだ。これ見よがしに短刀を閃かせてから、そのやいばをウネンの喉元に当てる。
 ウネンの唇からひきつれた声が漏れた。みるみる呼吸が浅くなり、心臓が早鐘を打つ。耳に膜でも張ったかのように、ざあざあと風が巻く音がする。こめかみで血管が脈動するたびに、その耳鳴りは大きく激しくなってゆく。
「無駄な殺生はしたくねえが、これであんたが口を割るってんなら、全然無駄じゃあねえよなあ」
 濁声が、男の胸元をつたってウネンの後頭部を直接的に震わせた。がらんどうになってしまったかのような頭蓋とうがいで、死神の嘲笑がこだまする。
「ちょっと待ってよ、せっかちだなあ」
 レヒトの声が、耳鳴りを押し退けてウネンの意識を軽くはたいた。
「最初に言っとくけど、俺の店に来たそいつはヴァルタって名乗ってたんだよ。だから、マルコって言われてもすぐに分からなくってさ」
 ウネンを捕まえていた腕が僅かに緩み、喉元から短刀が離れる。
 ウネンは驚きのままにレヒトを見た。
 レヒトの瞳は今や一切の揺らぎも無く、真っ直ぐに首領を見つめている。
「正直なところ、ちょっぴり変だとは思ったんだ。だって青玉サファイアを神様に捧げたのなら、青玉サファイアは神様が持ってなきゃおかしいもんね。彼がそれを俺の店に売りに来ることなんてできるはずない。そうか、俺、騙されたんだ……」
「分かればいいんだ、分かれば、よ」
 首領の機嫌が目に見えて上向きになった。
「でも、俺、その売りに来た人が今どこにいるのかなんて知らないよ」
 レヒトが申し訳なさそうに肩を落とすのを見て、首領が指を鳴らす。
 ウネンを拘束している男の右隣が、重そうなものを抱えて前に出た。
 ずしん、と音を立ててあの石の箱……の彫刻、が首領の前の床に置かれた。
「マルコの行方は山狩り組に任せるさ。あんたにはこの箱をあけてもらう」
 一体レヒトはどうやってこの状況を切り抜けるつもりなのだろうか。何もできないどころか彼の足枷にしかなっていない自分にほぞを噛みつつ、ウネンはじっとレヒトを注視する。
 床に屈み込み、ひとしきり石の「宝箱」を検分した首領は、得意気な顔で腰を上げた。
「俺の目は節穴じゃねえ。この鍵穴はただの『飾り』だ。こいつは『からくり箱』なんだろう? あけ方を教えろ」
「知らないよ」
「嘘をつけ!」
「いや、だって、俺、この箱の中身見たことないもん」
 本当に、レヒトはここからどう話を続けるのか。ウネンの背筋せすじを冷や汗が何度もつたう。
「どこの世界に、宝石を見もせずに買い取る馬鹿がいるんだ!」
 当然のごとく首領が声を荒らげた。
 だが、レヒトはまったく動じた様子もなく、飄々と言葉を返す。
「きちんと最初から全部話すから、落ち着いて聞いてくれる?」
 渋々といった表情で、首領が顎をしゃくって続きを促した。
「その箱を売りに来た人が、俺にどういう話を聞かせてくれたか、ってのは、知っているんだよね? 山賊から青玉サファイアをくすねて逃げ出して、神様に助けてもらった、って話。彼は、血沸き肉躍る逃亡劇を俺に語り終わると、その宝箱をどっかりとカウンターの上に置いてこう言ったんだ。『この、青玉サファイア入りの箱を買ってくれ』と。
 いいかい、この『青玉サファイア入りの箱』ってのが重要なんだ。彼は『青玉サファイアを買ってくれ』とは言わなかったんだよ」
 どういう意味だ、と山賊達がざわめきだす。
 ウネンは、レヒトのかち色の瞳が、生き生きと輝くのを見た。
「当然、俺は彼に言ったさ。『青玉サファイアを箱から出してください』って。だって、そんな大きな青玉サファイアなんて、こんな辺境の小さな古道具屋で扱えるわけがないからね。そもそも、そんなものを買い取れるような大金、逆さに振っても出てきやしないし。
『外側の箱だけなら買い取らせてもらうけど、青玉サファイアは、もっと大きな町の宝石商に持ってってくださいよ』
 俺がそう言うと、彼は酷く困ったような顔になった。
『石の箱だけだと、幾らぐらいで買ってくれるんだ?』
『うーん、これだけの細かい細工がなされたものとなると……』
 彼は、俺が告げた金額を聞くなり、深い溜め息をついたよ。
『もう少し……いや、せめて今の二倍、もらえないだろうか』
『いくら作りが凝っているからって、ただの箱にそんなにも払えないよ』
『では、ただの箱ではなく〈青玉サファイアが入っているかもしれない箱〉なら、どうだ?』
 かもしれない、とか、ややこしい言い回しだろ? 俺も、一瞬彼が言っていることの意味が理解できなかったね。
 すると彼は、切羽詰まった調子で俺に訴えかけてきた。
『オレは、どうしても今すぐにまとまった金が必要なんだ。そりゃあ、可能ならばこの青玉サファイアに見合った全額が欲しいさ。けれども、あんたにはそれを払うだけの余裕は無いんだろ? それなら、〈青玉サファイアが入っているかもしれない箱〉ならば……〈ただの箱〉の二倍ぐらいの金は出せるんじゃないのか?』
 さっきの金額の二倍でいいんだ、って彼はもう一度同じ言葉を繰り返した。それでオレはふるさとに帰ることができる、って。
青玉サファイアは、箱の内部にぴったりと嵌まり込んでいる。この箱を力任せに壊そうとすれば、青玉サファイアも一緒に砕けてしまうだろう。そして、あけ方を知っているのはオレだけだ。さあ、あんたは、決して見ることのできない青玉サファイアに、幾ら出す?』」
 ここまで語って、レヒトは満足げに口を結んだ。聴衆の反応を確かめるように、ゆったりと辺りに視線を巡らせる。
 臨場感たっぷりな語り口にすっかり聞き入っていた山賊達は、一呼吸の間ののちにハッと息を呑んで互いに顔を見合わせた。
 首領が、躊躇いがちにレヒトに問いかける。
「あんた、まさか、そんな訳の分からない取引をしたのか?」
「したよ。だって、面白そうじゃない」
 レヒトが屈託のない笑顔を見せる。
 ウネンは、首筋を冷たい手で撫でられたような気がした。
 ウネンの背後と左右に控える四人の山賊達は、今のレヒトの話に明らかに納得がいかない様子だった。不平、不満、そして不服が、彼らの中で渦巻いているのがありありと分かる。
 レヒトが洗いざらい喋れば二人を無事に帰す、と彼らは言っていたが、それはあくまでも彼らが目的のものを手に入れることができた、つまり彼らの機嫌がよい状況での話だろう。現在の、彼らにとって不本意な事態において、果たしてその約束はどこまで効力を維持できるものだろうか。
「……青玉サファイアは取り出せない。それどころか、この箱の中に青玉サファイアが本当に入っているかもわからない、ってことか」
 首領が、苦々しげに吐き捨てる。
 それをきっかけに、山賊達が口々に怒りの声をあげた。
「ふっざけんなよ!」
「こんなに手間をかけさせやがって、どういうこった!」
「てめえ、ぶっ殺してやる!」
 堰から溢れ出した怒気と殺気が、ウネンの周りで渦を巻いた。
 絶望のあまり込み上げてくる吐き気を、ウネンは必死で呑みくだす。
 と、レヒトの口から、場の空気にまったくそぐわない涼しげな声が飛び出した。
「いや、取り出せるよ、青玉サファイア
「はァ!?」
「てめえ、さっきと言っていることが違うだろ!」
「ぶっ殺されたくねえからって、適当なこと言ってんじゃねえぞ!」
 投げつけられる怒号をものともせず、レヒトは、両手を縛られた状態のまま器用に肩をすくめた。
「まだ俺の話は終わってないんだってば。最後まで聞いてくれない?」
「いいだろう。言ってみろ」
 眉間の皺を緩めることなく首領が顎を突き出す。
 レヒトは首領に軽く頷いてみせてから、壁際の四人を振り返った。
「俺達をここに連れてきたあんたらなら、もしかしたら見てたんじゃないかな。直前に、俺の店に魔術師が来てたことを」
 話の行く先が見えないのだろう、怪訝そうな表情で四人が首を縦に振る。
「彼さ、なんでも伝説の魔術師ノーツオルスのもとで修業した、超凄い魔術師らしくってね。その彼がこの箱を見て言ったんだ。『我が神は、錠前の神。この程度のからくり箱、僕なら簡単にあけることができますよ』って、得意そうに」
 あんぐりと口をあけるウネンの周囲で、山賊達がざわめき始めた。
「でも、すぐにこの場で箱をあける、っていうのは無理らしくて、『からくりをあけるためには、そのからくりに合うわざを見つけ、神のちからを宿した特別な〈鍵〉を作らなければなりません』なんだってさ。で、その〈鍵〉とやらを作る材料費やら手間賃やらを前金で払ってくれ、って言うんだよ」
 前金だよ、前金。と、レヒトは大袈裟に眉をひそめてみせた。
「しかもそれ、そこそこな金額でね。だから俺は『〈鍵〉とやらを受け取ってから払う』って言ったわけ。だって、お金だけ持ち逃げされたら嫌だからね。でも、向こうさんも『手持ちがないから』つって全然まったく譲ってくれなくてさ。二人でしばらく押し問答してたら、魔術師が、『じゃあ、君が前金を払う代わりに、僕は大切な弟子を君に預けておくから、〈鍵〉が出来上がったら交換しよう』って」
「弟子?」
 左端の山賊が、おうむ返しに問いを口にする。
 レヒトが、にいっと満面に笑みを浮かべた。
「うん、弟子。今、あんたらが『殺す』とか物騒なこと言って捕まえてるその子が、その魔術師が大事にしてるっていう弟子」
 やべっ、と小さな声とともに、山賊がウネンから手を離した。
 依然として縛られている手首はともかく、一応は自由を取り戻したウネンは、山賊達を刺激しないように注意しながら、レヒトの傍へと寄る。
 レヒトは今度は首領のほうを向いて、殊更に申し訳なさそうな顔をしてみせた。
「つまり、この箱をあけるためには、俺も、この子も、俺の店に戻らなきゃなんないんだよね……」
 首領が、うむむむ、と唸り声を漏らす。
 手下四人が困惑の表情で「どうしましょう、お頭」と首領を取り囲む。
 その時、建物の外のほうから、何やら物が壊れるような大きな音が響いてきた。