あわいを往く者

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九十九の黎明 第十一章 滅ぼさんもの

  
  
「あらためて、ありがとうウネン。私を探して追いかけてきてくれて。そして、私を助けてくれて。また会えて、本当に……嬉しい、……夢みたいだ……」
 モウル達の部屋に入るなり、ヘレーがウネンを出迎えた。ヘレーが言葉の途中で声を詰まらせるのを聞いて、ウネンの視界が一気にぶわっと滲む。
 ゴホン、と、妙に刺々しい気配の咳払いが奥から聞こえ、途端にヘレーが唇を引き結んだ。
「それと……、君を置いていってすまなかった。君につらい思いをさせるつもりはなかったんだが……何を言っても言い訳にしかならないのは解っている。許してくれ、なんて言える立場じゃないことも。けれど、どうか許してほしい……」
「うん」
 服の袖で目元を擦りながら、ウネンは大きく頷いた。
 部屋の奥でオーリが唸り声を漏らし、ウネンの後ろでモウルが「返事、早っ」と茶々を入れる。
「だって、そのおかげでオーリやモウルとも会えたんだし!」
 一拍の沈黙を置いて、オーリがゴホゴホと咳き込んだ。
「君さ、その、不意打ちで的確に急所突いてくるの、ちょっと遠慮してくれない?」
「へ? 急所?」
 おうむ返しに問うウネンを右手でひらりといなして、モウルがオーリの向かいの寝台に腰をかける。
「ともあれ、感動の再会はこれぐらいにして、晴れてウネンもノーツオルスとして里の神に認められたことだし、ここらで里について彼女にも詳しいことを知っておいてもらおうと思うんだけど」
 モウルは、ウネンに隣に座るように身振りで促してから、ヘレーを見上げた。いつになく真剣な表情で。
「彼女だけでなく、僕もオーリも、と目されていたあなたの話が聞きたいと思っています。話していただけますか」
 ヘレーは「分かった」と頷くと、オーリの隣、少し間をあけたところに腰をおろした。
  
 ノーツオルスとは、里の古い言葉で『秘する者ども』という意味なのだ。そうヘレーは話し始めた。我々が一体何を秘しているのか、今それを明らかにしよう、と。
「それには、この星における人類の歴史から語らなければなるまいね」
「この星、に、おける」
 ウネンが噛み締めるように復唱するのを聞いて、ヘレーが「そう」と目を細めた。
「我々の祖先は、この宇宙そらのずっとずっと向こうから来た。現在よりも遥かに進んだ科学技術を用いて作った、空を往く船で滅びゆく母星を脱出し、永い旅路の末にこの星に入植したんだよ。……先住民がいることに気づかずにね」
「先住民!?」
 ウネンよりも先に、モウルが驚きの声を上げた。それまで頑なに視線をヘレーから逸らしていたオーリも、目を見開いてヘレーを見つめている。
「ああ、『先住民』という定義は、おさ様がとしての私に耳打ちしてくれたものだからね。要するに、君達が、皆が、『神』と呼ぶ存在のことだよ」
「神々が僕らよりも先にこの星に住んでいた、という意味ですか? いや、それにしても、なんと言うか、『住民』とは……」
「なんだかちょっと言葉の雰囲気が合わないよね」
「ああ」
 モウルの質問を皮切りにウネン達が三人揃って首をかしげる。
 ややあってモウルが、珍しく遠慮がちにヘレーに問いかけた。
「ていうか、耳打ち、って、いいんですか、そんなことを僕達に漏らして」
「エレグ――マンガスの目的が目的だからね。君達も可能な限り正確な情報を把握していたほうがいいだろう」
 そもそも君が「の話が聞きたい」と言ったんじゃないか、と、ヘレーは悪戯っぽく口のを上げた。
「我々の身体が蛋白質――炭素で作られているように、彼らはちからの波でできているんだよ。我々の目では定かには見えないけれど、彼らが確かに存在しているのは、魔術師であるモウルなら判るだろう?」
 ぎくしゃくと、だが、確信を持った眼差しで、モウルが首を縦に振った。
「彼ら先住民――神々は、ヒトがこの星に降り立つまでは、何不自由なく暮らしていた。ところが、移民船団が入植を開始するなり、深刻な問題が発生した」
 と、そこでヘレーはウネンを正面から見つめると、静かに語りかけた。
「以前にざっくりとだけど電気の話をしたことは覚えているかい?」
「うん」
「詳しい仕組みはまたあとで教えるとして、我々の祖先達は、生活のほぼ全てをその電気のちからに頼っていた。電気を起こしたり使ったりする際には、どうしても電磁波――周囲にそのちからの余波が漏れる。それは、我々ヒトには問題のないちからだったが、神々にとっては、存在を根幹から揺るがすものだった」
「ああ」とモウルが息を吐いた。「神々の怒りに触れたのは、進んだ科学技術がどうこうというよりも、それによって発生する電子だのなんだのの波のせいだったというわけか」
 雷の日に調子が悪いのもそのせいだな、と、ぼやくモウルを横目に、ウネンとオーリが苦笑を交わし合う。
「当然のように神々は、自分達の身を守るためにヒトの機械を壊してまわった。だが、ヒトも負けじと機械を修理する。移民船にはちょっとした工場も備わっていたから、新しく機械を作りもする。これではきりがない、と判断した神々は、遂にそれらを『もとから断とう』と考えた」
 一旦言葉を切ったヘレーの代わりに、オーリが重々しく口を開いた。
「それが、〈初期化〉というわけか」
「〈初期化〉?」
 初めて耳にする単語をウネンが呟けば、モウルが苦い笑みで応えた。
「前に船の遺跡で君も気にしていたでしょ。どうしてこんな高度な文明を誰も覚えていないんだろう、って」
 息を呑むウネンに、ヘレーが静かに頷いた。
「神々はヒトの思考を探り、神の存在を脅かすものについて、関連する記憶を片っ端から芋づるのように消していった。それによって科学知識は全滅、ヒトは原始的な生活を余儀なくされた」
 では何故、ヘレー達は、ノーツオルスは、これらの出来事を知っているのか。ウネンの表情を読んだのだろう、ヘレーが「それがね」と言葉を継いだ。
「少数ではあったが、神による〈初期化〉を免れた者がいたんだよ。ノーツオルスの創始者となった人間も、そのような者の一人だった。彼女は、この星に降り立って間もなく一柱の神に見出され〈かたえ〉となっていたために、神の庇護のもと記憶を失わずにすんだんだ」
 息をつき、小机の上のカップに手を伸ばすヘレーに代わって、モウルがその続きを引き取った。
「手元に残った資源を奪い合うだけでなく、知識が無いがために有用なものを多量に無駄にしてしまう人々を見て、彼女は決意したのさ。世の中が再び落ち着きを取り戻すまで、知識を保護する必要がある、とね。薪の代わりに燃やされてしまう前に、と、彼女はありったけの書物や書類を集めた。文明を再構築するために必要な知識を必死でかき集めた。〈初期化〉の記憶により忌まわしいものとされてヒトが立ち寄らなくなった移民船の一つにそれらを保管し、自らもそこに住んだんだ」
 モウルと頷きを交わして、今度はオーリが静かに言葉を繋ぐ。
「神のちからを使い、書物を保護してまわる彼女を、いつしか人々は『書庫の魔女』と呼ぶようになった」
「えええええっ!」
 思わず素っ頓狂な声を上げてしまい、ウネンは慌てて両手で自分の口を押さえた。目をしばたたかせ、大きく深呼吸して、そろりと口から手を離す。
 モウルが実に楽しそうに「驚いた?」とウネンの顔を覗き込んできた。
「驚いた、驚いた! ナヴィ先生が、書庫の魔女は実在した人物かも、って言ってたけど、まさかここで出てくるとは思わなかった!」
「ナヴィ先生?」
 怪訝そうに問いかけるヘレーに対して、ウネンは少しだけ得意になって胸を張る。
「チェルナのダーシャ姫の国語の家庭教師だよ」
「王女殿下の家庭教師? 私がいない間に一体何があったんだい?」
 ヘレーは「あとで詳しく教えておくれよ」とウネンに微笑みかけてから、香草茶のカップを小机に置いて再び話し始めた。
「書庫の魔女の他にも、〈初期化〉以前に〈かたえ〉となったり神と何らかの交流を持ったりしたがために、科学知識を完全に失わなかった者達は何人もいた。中には、自らが人々の指導者となり、早々に文明を復活させようと奮闘する者もいた。だが、豊かな生活の記憶しか持たず、その豊かさが何によってもたらされていたのかを忘却してしまった人々にとって、知識持つ者達の語る言葉はあまりにも無力だった。人々は、未来にもたらされるであろう何百万倍もの幸せよりも、今、目の前にある僅かな幸せに固執した。そして何よりも、科学文明が無くとも人々が当面生きていくことができるほど、この星は豊かだった」
 ヘレーのこぶしが、握りしめられた。
「結果として、知識持つ者達の努力は、短絡的な思考と短期的な視野を暴力で補う者どもに、ことごとく粉砕された。失意に打ちひしがれた彼らは、やがて噂を聞きつけ、書庫の魔女のもとへと集まり始めた。それを受け、彼女は神のちからを使って移民船を地中に隠し、その上に集落を作った。それが、我々ノーツオルスの里なのだよ。書庫の魔女が初代里長さとおさに、彼女の契約の神が里の守り神となり、以来、二千年もの永きに亘って、我々は世の中を見守り続けている」
 長広舌ののち大きく息をついて、ヘレーがあらためてウネンと視線を合わせてきた。
「というのが、里の概要なんだが、どうだい、何か質問はあるかい?」
「ちょっと待って、なんか、こう、頭の中というか胸の中がいっぱいで……」
 あまりにも壮大な物語に、ウネンはすっかり目を回してしまっていた。とりあえず、自分の感想や感慨は脇によけて置いて、ヘレーの話のみを箇条書きにして頭の帳面に書きつけることにする。
「ええと、『世の中を見守る』って、どうやって?」
「いい質問だね」
 ヘレーが頷いた。かつてウネンに勉強を教えてくれていた時と全く変わらぬ嬉しそうな表情で、まるで三年間の空白など無かったかのように。
「私達ノーツオルスにとって一番の目的は、〈初期化〉以前の文明――源文明の知識を保存することだ。遺跡を調査したり、古い文献を集めたり、あと、万が一、古い知識を保有する者が存在したら、その協力を仰いだりもする。そして、ありうべからざる知識が世の中にはびこるのを、可能な限り阻止する。ヒトが再び神の逆鱗に触れて、文明を奪われてしまわないように」
「『ありうべからざる知識』かどうか、って、どうやって判断するの?」
「む。実は私は、探索に出たことが一度も無くてね……」
 言いよどむヘレーの代わりに、現役探索者としてモウルが小さく挙手をする。
「〈誓約〉のおかげで、里の者なら何が良くて何が駄目かはだいたい分かるからね。基本は探索者それぞれが自分の裁量で対応するけど、最終的な判断は里長さとおさに委ねる、って感じかな」
里長さとおさって、オーリのひいおじいちゃんなんだよね?」
「おお、既にそこまで情報を渡せていたのか」
 ヘレーが感心したようにモウルとオーリを見やった。
里長さとおさとは、里の守り神の〈かたえ〉のことなんだよ。里長さとおさで継承の契約を交わしておけば、その里長さとおさが亡くなった際に、自動的にが里の神の〈かたえ〉としての能力や知識を引き継ぐ仕組みになっているんだ。残念ながら私は、契約をなさないままに里を飛び出してしまったのだけれど」
 ヘレーの視線が、ふと、遠くなる。
「あれは、そう、今から十六年前、私が里を出る半年ほど前のことだった――」